ノード秩序の世界に向けて
12月1日でTitania Researchは1周年を迎えました。前回の記事では私たちの具体的な活動や方針について触れましたが、今回はより未来に焦点を当て、長い期間で「何をしていきたいか」について記載していきます。
1. 何をしていきたいか
MEVを研究し、Ethereumに貢献していきたいです。
MEVはEthereumが今後発展するうえで最も重要な課題であると、私は考えています。現在のEthereumはノードやブロックビルダーと呼ばれる一部のコンピューターが、ユーザーの取引内容を見てから有利な取引を差し込んだり、有利な順序に並べ替えたりすることで追加収益(MEV)を獲得し、取引者が損をするという、取引の公平性を害する深刻な状況にあります。
この相対的な価値抽出の需要は資本の絶対額に比例するため、大きな資本が流入するほどMEVは深刻な取引税となり、チェーンの成長を阻害します[1]。
この問題の鍵は、経済的なインセンティブ設計にあります。Ethereumが採用しているPoSという仕組みは、コンピューターが一定の資本を担保としてネットワークに預け、仕事を行い、報酬を得る仕組みです。
もしコンピューターが不正を行えば、その担保が没収されます。このような「報酬と罰則」によってプレイヤーを調整するPoSは、経済的なインセンティブ設計、メカニズムデザインの知見が含まれます。
そして取引の処理順序を決める行為は「報酬と罰則」に従ったコンピューターの仕事の一部であるため、MEVはゲーム理論的に分析可能な事象なのです。
根源的にはMEVは分散システムの根幹を司る「処理順序の決定」という行為によって生じる現象であるため、チェーンを利用する全ての人に影響を与えます。あまりにも根源的であるが故に、MEVを完全に対策することは難しいでしょう。ある意味では自然現象に近く、完全にコントロールすることは困難を極めます。人類は自然と向き合い続けてきましたが、Ethereumもコンセンサスとその上にあるMEVに向き合い続ける必要があるのです。
既存金融のようにMEVが限りなくゼロに近づく可能性もありますが、それは私の好きなEthereumではなくなっている可能性が高いです。パーミッションレスで、分散的で、検閲耐性があって、何より自由なEthereumが完全にMEVを克服する可能性は低いでしょう。
そのため私たちは継続して研究を行える土台を作り、特定のケースでMEVを軽減する研究成果をもとにEthereumでイニシアチブを取り続けていきます。
Ethereum Foundationなどの一部の研究者にリサーチが偏らないよう、私たちもリサーチを続けることはEthereumにとって必要であると確信しています。
2. 3つの課題
しかし現状、私は3つの課題を感じています。このボトルネックを解消することが、研究成果をあげることと並んで長期的にやっていきたいことです。
研究人員の不足
研究者と産業の知見共有不足
資金不足
1. 研究人員の不足
研究領域がニッチであるため、研究を行う人材が少なく、アウトプットの総量が増加しづらい状況にあります。私は過去2年間に世界中の研究者と話してきましたが、数少ない研究者間の横のつながりも少なく、オフラインで議論する機会も限られているように感じます。
そのため、研究人員の絶対数を増やすための取り組みと、既に専門性の高い人同士の風通しを良くすることは、研究成果をあげる上でも有益でしょう。そこで重要となるのが、人と情報が集まる環境を整えることです。
人と情報が集まる環境があれば、研究人員の絶対数を増やすことも、既に専門性の高い人同士の横のつながりを強化することも可能だからです。ただしオンラインのつながりだけでは弱いため、人と情報が集まるオフラインの環境を整えることが鍵となります。
理想的には、ブロックチェーンについて何も知らない高校生がその環境に来るだけで背景とやるべきことを把握し、世界的に活躍していける人材へと進化していける環境をグローバルにいくつか構築したいと考えています。
世界中の才能を余すことなくフォローアップしていける環境の構築は、研究組織として目指すべきひとつの姿ではないでしょうか。
2. 研究者と産業の知見共有不足
私たちは研究者と産業の知見共有・共同研究が少ないことも課題として捉えています。
アカデミアは論文が成果物となり、評価者は研究者となりますが、産業はプロダクト・サービスが成果物となり、評価者は消費者となります。
産業と研究者の間には、その目的や価値基準が異なるためギャップが生じます。例えば、私たちも開発を行いますが、それはあくまで研究が主目的です。
消費者のことを考えれば、売上を重視し、強い競争環境下にある産業が実装を行う方が、より良い体験を消費者に提供できそうです。
言い換えると、研究者は産業と知見の共有を行い、産業にそれらの商業化を促す方が「分業の利」を得られ、逆に産業は知識を研究者から得ることで、次のビジネスチャンスを発見できます[2]。
また産業は研究者に「いまのプロダクトにはこんな問題がある」「実世界にはこんな問題があるが最適な解決策が存在しない」といった問題を知らせることで、次の発明にも繋がるフィードバック・ループが生じます[2]。
このようなギャップを埋め正のループを生むために、産業やエンジニアがアクセスしやすい研究ハブを作り、研究者にとっても現実の問題にブレずに集中し続けられる環境を整えることは、全員にメリットをもたらします。
3. 資金不足
最後に資金不足です。
私は理想的には研究者は長期的な価値提供である研究に専念するべきだと考えています。しかし、これでは資金難に陥ります。
そのため、直接的に研究活動が活き、長期的に複利が働くことにリソースを割くことで資金難を解消したいです。日銭を稼ぐために、そうでない活動に時間を割くことは避るべきだと考えます。
例えば、グラントを産業から提供してもらい研究に専念することも可能ですが、継続的にグラントを確保し続けることは困難です。
理由は、グラントを獲得するハードルの高さとグラントの金額にあります。産業が求める研究にアラインする必要があるため、彼らと密にコミュニケーションをとり、情報共有を頻繁に行う必要があります。そもそも産業にアラインしていない研究には資金がおりません。
また仮に半年間の研究グラントを確保できたとしても、次の半年間しか生活費は保障されません。感覚的に年に2度グラントを獲得できれば良い方ですが、実際には難しいでしょう。特に家庭などを持っている人にとってはリスクの高い選択となります。
また寄付という道もありますが、こちらも持続性に欠けます。しかし現在、私たちは寄付によって活動できているので、寄付者の皆さまには大変感謝しております。
最後に受託研究・開発という道もあり、こちらは仕事をすれば安定的に資金を確保できるため良い選択肢のように思われます。ただし、これは直接的に研究と関係はしますが、単利的です。また長期的に本当に価値があると思えるような限られた案件のみに取り組むべきで、そのような条件を満たす案件は少ないでしょう。
このように研究自体はお金になりづらいため、研究費用を安定的に確保することは難しいです。直接的に研究活動を活用でき、かつ長期的に複利が働くアプローチを探さなければいけません。
3. 私たちがやること
では、これらの課題を解決するために私たちは何をするのか。次の2つを行なっていきます。なお、研究は行う前提であるため、除外しております。
1. 研究ハブ
2. 研究ファンド
1. 研究ハブ
まず私たちは日本初のEthereumのための研究者用共同住宅「Uzumaki」を始めます。
これはTitania Researchの持つ経済分野の知見と、Prog Cryptoの持つ暗号分野の知見を融合させた、Ethereumの未解決問題を解決するシェアハウスです。
Uzumakiを、産業やエンジニアがアクセスしやすい研究ハブにすることで、研究者にとっても現実の問題にブレずにフォーカスし続けられる環境となります。
Uzumakiが最低限の家賃や生活費を保障するため、研究に専念できる環境です。そのため私たちはUzumakiの活動に共感していただける国内外の産業からスポンサーを募集しています。スポンサーに対してはUzumakiへの独占的なアクセス権限を付与します。
一般の方々に対しては、毎月、先端研究に関する議論や知識共有に焦点を当てたイベントを開催することで、情報共有を行なっていきます。
100名以上の参加者を想定、Ethereumや関連技術に深く関わる研究者、エンジニア、専門家が集う
5~10のトークセッションを設定、発表時間と質疑応答時間をバランスよく配分
最先端のトピックを取り上げ、協力して課題解決を目指す
これらのイベントはネットワーキングの機会を提供するだけでなく、スポンサーがプロジェクトを紹介し、業界課題を共有し、解決策を見出す場としても機能します。
このように研究者のための共同住宅運営とイベントの開催を通じて、研究人員の不足と産業と研究者の知見共有の不足を解消していきます。
過去の取り組みとして、私たちはこれまでにMEV TokyoやProgcrypto Campを主催し、それぞれ100名以上の参加者を集めてきました。
これらのイベントはEthereum Foundationから評価され、エコシステム助成金を通じてサポートを受けており、その影響力と重要性が証明されています。 また大規模なカンファレンスとは異なり、最先端のトピックに関する深い議論に焦点を当てた形式で開催されています。
経済分野: MEV、Intents、コンセンサスメカニズム
暗号分野: ZKP、MPC、FHE、TEEなど
さて、理想的には世界中にいくつかのUzumakiを創設したいところですが、リスク管理の点から最初はできる限り小さく始め、その効果を測定していきます。そのため当初ハウスの規模は小さいでしょう。
ただし、初代Uzumakiによってその効果を実感できれば、1ハウスあたりの規模を拡大し、アジア圏、ヨーロッパ圏、アメリカ圏へと展開、地球規模で分散システムに取り組む経済、暗号とそれに関連する研究人員の拡大と産業との知見共有を進めていきます。
暗号のリサーチトピックス(Prog Crypto)
zkVMの効率化に向けた課題と展望 (12月論文投稿予定)
並列Jolt zkVMの提案と実装
zkVMのための分散証明生成プロトコルの提案
zkVM用算術回路の提案
zkVMにおける効率的な実行トレース分割方法の提案
経済のリサーチトピックス(Titania Research)
発行、バーンなど、バリデーターへのインセンティブ構造を最適化し、長期的な経済的セキュリティを確保する分析と提案
PoS(Proof of Stake)攻撃の概要と検閲のコストに関する分析と提案
Single slot finalityの提案と実装
ブロックスペースを効率的に配分するメカニズムの提案と実装
ブロック構築プロセスにおけるプレイヤー間の交渉力、談合、MEVによって誘発される市場構造の分析
DEX / CEX、DEX / DEXの裁定取引、サンドイッチ攻撃の分析・提案
シームレスに流動性を集約し、決済を行う方法の模索・実装
Uzumakiに加わり、研究開発をしていきたい方向けに、上記のリサーチトピックスを用意しています。もし興味がある方には、私たちでオンボーディングや学習教材の提供ができる可能性があります。
暗号に興味がある場合はMasatoに、経済に興味がある場合は私にご連絡ください。
最後に、私たちの活動に共感いただける産業の方に対してスポンサーを提供しています。
Uzumakiに関して詳しく知りたい方は、こちらの資料をご覧ください。ただし現状、ある程度のスポンサーが国内外から集まってきているため、近々締め切る予定です。興味のある方は私の方までご連絡ください。
2. 研究ファンド
次に研究ファンドを研究者の持続的な活動のために試していきます。資金を集め、研究機関として得られた知見をもとに運用をし、知見の実証を行いながら利益を上げるとともにその一部を研究者に還元する仕組みです。
研究と議論を通して、自分たちにしかアクセスできない機会があることに気がづきました。この情報を活用することで、市場での実証を兼ねた利回りを期待できます。この組み合わせであれば直接的に研究を活用でき、かつ長期的に複利が働きます。またファンドからも情報を獲得できるため、双方にとって情報の利を期待できます。
プロダクト開発もファンドの枠に応用できる可能性がありますが、こちらはファンドと比較して不確実性が高いため、ファンドにリソースを割いた方が合理的です。ただし、もし不確実性を抑えられ、消費者に利用してもらえる確信が持てる解決策に関しては、今後に別主体でプロダクト化を目指す可能性もあります。しかし、基本的にはファンドに重きを置いて、小さく試していきます。
まとめ
ある意味でUzumakiは人と情報と資金を集め、機会と情報を提供するインターフェースといえます。
その際に生じる費用を支えるためにファンドが必要となります。ファンド自体の活動からも情報を得ることができるため、そちらも研究に活かせるでしょう。
ではなぜ、私たちはここまでして研究をしたいのか。それはノード秩序の世界を実現するためです。研究をしなければいけない、といった方が近いかもしません。
4. ノード秩序の世界に向けて
ノード秩序の世界とは、The God Protocolのある世界です。
The God Protocolとは、スマートコントラクトを初めて提唱したNick Szaboが1997年に提唱した概念です。それは理想的なプロトコルであり、考えられる限り最も信頼できる第三者として振る舞います[3]。
考えられる限り最も信頼できるとは、人間が想像できる限りで理論上最も信頼できるという意味です。
第三者とは、二者間の取引において両者と利害関係のない存在を指します。
プロトコルは、任意のあらゆる計算可能な問題を解くことができます(チューリング完全)。
The God Protocolが存在する世界を想像した時に、このプロトコルはブロックチェーンで目指されている性質のすべてを満たすでしょう。
例えば、パーミッションレスや検閲耐性、耐障害性、スケーラビリティ、セキュリティ、公平性、プライバシー、安全性、活発性、可用性、一貫性、分散性、自律性、コンポーザビリティなどの性質です。
これらの性質によってグノーシス文化やヒッピー文化、サイファーパンク宣言へと継承されてきたカウンタカルチャーの究極の姿がもたらされます。
ただし、現代の技術でこれらの性質を全て備えるプロトコルを実現することは不可能に近いです。特に暗号経済学の飛躍的発展が必要不可欠でしょう。これはそもそもブロックチェーンですらない可能性がありますが、現状で最も近いのはEthereumでしょう。
これらのことから、私はEthereumの内側からEthereumをThe God Protocolに近づけていきたいです。そして、そのために研究をする必要があります。
なぜ、カウンターカルチャーなのか
ではなぜ、カウンタカルチャーの究極の姿を実現したいのか。
以前の記事で触れましたが、私はルールの強い環境に身を置くと、非常にストレスフルで、全力で頑張ってもルール以下の結果になってしまうか、無意識にルールを破ってしまうことが多かったです。
他の人が当たり前にできることができなくて、小学生くらいの頃から大人に怒られ、怖くて悲しかったです。
そんな私にとって、カウンターカルチャーが漂う空間は非常に安全で快適でした。私はこれまで自身の生命の力を信じてサバイブしてきましたが、その結果に行き着いたのが、The God Protocolです。
最後になりますが、これからも私は、私が最もユニークに生きていける、より完全なThe God Protocolの実現を目指していきます。その第一歩としての暗号経済の研究であり、そのための研究ハブや研究ファンドです。
すべてはノード秩序の世界に向けて。
vita
引用
[1]https://x.com/leo_hio/status/1821409576908185647
[2]https://grandchildrice.notion.site/b835e4800c9847d0ac3c73001307137e
[3]https://nakamotoinstitute.org/library/the-god-protocols/