小説【アコースティック・ブルー】Track3: Time After Time #4
セイイチは思わず店の扉を開いた。
取材を受けたカフェから録音スタジオがあるビルまでは繁華街の中を通るのが近道で、道中にはBar Tom & Collinsがある。店が開いていればケンジと軽く会話を交わしてコーヒーをテイクアウトするのがルーティンとなっているのだが、今日はまだ昼過ぎで店の中には誰もいないはずだった。
店の前を通り過ぎようとしたとき、店内からギターの音が聞こえてきたため、テラス席のブラインドの隙間から中を覗くと、スタッフのユウコが慣れた様子でギターの演奏をしながら歌っている姿が見えてセイイチは驚いた。
先日店で話したとき歌は苦手だと言っていたため、やはりなにか隠しておきたい事情があるのだろうとセイイチは考えて、彼女に気づかれないように隠れて店のドアのそばで聞き耳を立てていたのだが、その瞬間更なる衝撃で思わず店のドアを開いてしまっていた。
ユウコが演奏していたのはデジタルプレイヤーに記録されている、あの曲だったからだ。
「おい、その曲……!!」
ユウコは突然姿を現したセイイチに驚いて目を丸くしている。どういうわけか、その瞳からは一筋の涙が頬を伝っていた。それに気づいたユウコは慌てて顔を拭う。
「セ、セイイチさん。どうしたんですか?店は夕方からですけど……」
「――今、そのギターで……」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと触ってみたくなっちゃって……」
ユウコはギターを元あった場所に戻すと「ケンジさんなら、まだ一時間くらいは来ませんよ」とまだ潤む目でぎこちない笑顔を取り繕ってセイイチをやり過ごそうとした。しかしあまりの衝撃に困惑したまま硬直しているセイイチは、言葉が見つからないといった様子で、驚きと不信感に満ちた眼差しをユウコに向け続けている。
「も、もしかしてコーヒーですか?
今準備するんで、ちょっと待っててください」
落ち着き無くそそくさとカウンターに向かおうとするユウコの背中に向かってセイイチがなんとか一言を絞り出す。
「どうして君があの曲を知ってるんだ……!?」
セイイチの発言にユウコは歩みを止めた。ほんの短い時間、逡巡するように沈黙した後、恐る恐るセイイチを振り返ると、その目にはありありと困惑の色が浮かんでいた。
「――どうしてって…… セイイチさんもあの曲知ってるんですか?」
「知ってるも何も、あの曲はタスクが書いた曲だろ」
「えっ……でもこれは私と彼以外は……」
ユウコのその返答にセイイチは胸の奥で今にも消え入りそうなほど小さく燻っていた火種が、俄かに輝き増すのを感じた。
「まさか、君なのか……?」
無意識のうちにそんな言葉がセイイチの口から洩れたが、それを聞いてもユウコはますます困惑の色を深めるばかりだった。そんなユウコの様子にセイイチは焦れたようにポケットの中からデジタルプレイヤーを取り出すとカウンターに置いた。
「これはあいつの……
タスクが持っていたデジタルプレイヤーだ。
言っただろ、この中には一曲だけしか入ってないって。
君が今歌っていた曲だ」
セイイチのこの発言を聞いてユウコが驚いたように大きく目を見開いた。そのままカウンターに置かれたデジタルプレーヤーに視線を落とすとその瞳には涙が薄く滲み、驚きと共に何かを愛おしく思うような繊細な輝きが俄に点った。
ユウコの表情の変化を見逃さなかったセイイチは、ずっと追い求めてきた答えを知る鍵が彼女だと直感し、困惑と期待とが綯交ぜになった興奮した様子で彼女に詰め寄る。
「君は一体誰なんだ?」
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