【論文紹介】多粒子性ウイルスの奇妙な生存戦略

ウイルスの中には、ゲノムがいくつかの分節に別れているものがあり、さらにその中でもそれぞれの分節を別々の粒子にパッケージしている「多粒子性」ウイルスがいます(多粒子性ウイルスの一覧については、引用論文4をご覧ください)。
今回は、そんな複雑な構造を保っている多粒子性ウイルスの研究と未解決問題をまとめた総説論文と関連論文を紹介します!

論文内容

多粒子性ウイルスと宿主
「多粒子性」は、植物、菌類ウイルスによく見られ、中でも、植物に感染するウイルス属の約1/3がこの性質を持っています。動物ウイルスではいくつかの科でしか確認されておらず、また、細菌に感染するウイルスでは未だに確認されていません。なぜ、特定の宿主で多粒子性が多く確認されているかは、未解明の謎の1つです。(引用論文1)
「多粒子性」のメリットとデメリット
多粒子性ウイルスは、分節型ウイルスと同様に、遺伝子交換を容易に行うことができることや、短いゲノムを持つことによって速く複製が進むこと等の利点があることが考えられます。しかし、「多粒子性」であること特有のメリットは未だに明らかになっていません。
多粒子性ウイルスは、様々な生活環ステージにおいて(例:単細胞への感染、細胞間移行、宿主間移行など)ゲノムの完全性を維持するという点でデメリットがあると考えられます。一部の粒子、分節ゲノムが単細胞への感染時、細胞間を移行する際に失くなってしまい、感染性が失われてしまうことが容易に想像できます。
多粒子性ウイルスであるメリット、そしてデメリットを回避するための戦略については、まだ明確な答えが見つかっていません。(引用論文1, 2)
多粒子性ウイルスの生存戦略1 ~Genome formula~
ある宿主内でのそれぞれのウイルス分節ゲノムの頻度分布のことをGenome formulaと呼びます。植物多粒子性ウイルスでは、感染する植物種によって、Genome formulaが変化する現象が確認されています。分節ゲノムの頻度分布を変化させることによって、ウイルス集団レベルでの遺伝子数制御を行い、これによって遺伝子の発現量を宿主ごとに調節していると推測されています。これによって異なる宿主への適応に役割を果たしているのではないかという仮説の下、検証研究が進められています。
多粒子性ウイルスであれば、この戦略を用いて、どの生活環ステージにおいても遺伝子発現量のコントロールが可能ですが、単粒子・分節型ウイルスでは、細胞間、宿主移行において単粒子で存在する必要があることから、この方法ではうまく機能しないと考えられます。宿主によってGenome formulaを変化、適応させることは、多粒子性ウイルス特有のメリットである可能性があります。(引用論文:1, 2)
多粒子性ウイルスの生存戦略2 ~Multicellular way of life~
8粒子性・8分節DNAウイルスであるFaba bean necrotic stunt virus(FBNSV)では、多粒子性であるデメリットを回避するための、非常に興味深い現象が確認されています。Sicardらによる蛍光標識を用いた実験において、それぞれの粒子、分節は必ずしも同じ細胞に感染しておらず、それぞれ独立的に異なる細胞で増殖していることが確認されました。複製タンパク質をコードする分節が存在せずとも、複製タンパク質は他の分節ゲノムと同じ細胞に存在していることも確認されました。mRNAもしくはタンパク質の状態で細胞間移行をすることで、感染を成立させているようです。
FBNSVのような多粒子性ウイルスは、感染成立のために1細胞に全ての分節ゲノムが存在する必要がある、というウイルス学の常識を覆す戦略を持つことによって、デメリットを回避していると思われます。(引用論文:1, 3)

画像1

多粒子性植物ウイルスであるFBNSVの8分節ゲノム様式(A)と蛍光標識法による分節DNAゲノムの分布(B-I)Sicard, A., et al. (2019). "A multicellular way of life for a multipartite virus." eLife 8.より引用

記事作成者コメント
多粒子性ウイルスの存在は以前から認知されていましたが、多細胞での感染を前提にした感染戦略の発見などで、改めて注目を浴びているウイルスです。まだ未解明の問題も多く、多粒子性ウイルスの今後の研究から目が離せません!
*記事内容に関して、ご指摘などありましたら、nakasato at msu.eduまでご連絡ください。

ウイルス学若手ネットワーク
中里晃太 

引用論文:
1.Michalakis, Y. and S. Blanc (2020). "The Curious Strategy of Multipartite Viruses." Annual Review of Virology 7(1): 203-218.
2.Sicard, A., et al. (2016). "The Strange Lifestyle of Multipartite Viruses." PLoS Pathogens 12(11): e1005819.
3.Sicard, A., et al. (2019). "A multicellular way of life for a multipartite virus." eLife 8.
4.Varsani, A., et al. (2018). "Notes on recombination and reassortment in multipartite/segmented viruses." Current Opinion in Virology 33: 156-166.

参考記事:
Viruses Can Scatter Their Genes Among Cells and Reassemble https://www.quantamagazine.org/viruses-can-scatter-their-genes-among-cells-and-reassemble-20190521/ @QuantaMagazine

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