
『土と生命の46億年史』(ブルーバックス)の刊行にあたって
執筆の動機
『大地の五億年』、『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土を求めて』に続く三作目になります。なぜかまた億が入りました。億千万の胸騒ぎ。「またどうせ土の話だろ?」⇒ そうです。しかも、相変わらず、「土とは何か?」を問い続けています。『大地の五億年』は私の博士論文の研究(土壌酸性化)の周辺の情報をまとめて本にしました。『土 地球最後のナゾ』もポスドク時代までの現地調査の記録をまとめたものです。若造が本を出すなら強みのある専門分野に特化すべきでは、という私自身の勝手なブレーキがありました。今回はブレーキなしです。私の専門に関わらず、私の能力・見識の許す範囲で、しかも土壌の存在する直近5億年に制約せず、海底に粘土が登場した直近44億年、何なら地球誕生からの46億年ぜんぶを相手にしてやろうという若干無謀な挑戦です。生物学者や地質学者の名著が多々ある中で、あくまでこれまでの地球と生物の歩みに学び、これからの土との付き合い方を探ることを目的としています。とくにクレイジージャーニー(TBS)で紹介された人工土壌への挑戦、なぜ人類に土は作れないのか?どうすれば自然を模倣できるのか?という問いをフックとしています。
新刊の特色
ブルーバックスは「科学をあなたのポケットに」のキャッチコピーのように、科学の基本や発見の醍醐味を丁寧に解説してくれるレーベルとして定評があります(『統計でウソをつく法』とか『三つの石で地球がわかる』とかが好きです)。私の専門なら「粘土はどうして粘るのか?」で一冊書くべきだったかもしれません。実際、新刊の導入では、ブルーバックスが許してくれるマニアックな粘土鉱物、結晶という基礎科学から土と岩の違いを掘り下げます。ところが、私は強欲です。粘土鉱物、結晶というマニアックな基礎知識、一つ出るたびに読者が逃げていくといわれる化学反応式(あくまで巻末の付録です。逃げないで)を共有できるなら、土のもっと面白いところまでリーチできる。これは最初で最後のチャンスかもしれない。生物はどう土と付き合い進化してきたか?、ヒトは他の生物と何が違い、なぜ文明なるものを築けたのか?、人類はなぜ繁栄と絶滅のリスクを同時に巨大化させたのか?、私たちはこれからどう土と付き合っていけるのか?(「おいおい、多すぎだろ」⇒ すみません。でも、土だけでなく、土を通して地球を、人間を理解したいのです。自分なりに。それが執筆動機でもあります。)という問いに対して、今までにない解像度(あくまで当社比)で迫れていると自負しています。下の記事が少し近いかな。
6年かかった待望作
話を頂いたのはたしか2019年初め。つまり、完成まで6年かかっています。私は文筆家ではなく、作文が一行も書けなくて涙していた小学生がたいした修行もなく43歳になった研究者です。日頃は英語で論文を書きます(自分の不出来に鈍感になれる英語の方がよく書けます。いくらか著名になり、ハゲタカ雑誌のAIフェイク論文の被害者にもなりました。)。本を執筆できるのは合間時間しかありません。執筆依頼は数十を超えたあたりから基本お断りしているのですが、どこよりも早く、しかもブルーバックスの編集者から複数同時に執筆依頼を受けて、運命を感じました。ただし、私の興味が拡散気味、しかも内容盛り込みすぎでブルーバックスのテイストに合わせきれず、書き直し(逆にフラれた感じ)。さらに、私の前作との独立性、継続性、一貫性、つまり、前作を読んでいなくても分かるように、前作とどうしても被ってしまう部分をどう工夫するか(絶版状態だった『大地の五億年』が文庫化したことでなおさら複雑に)、もちろん前作と矛盾のないように(ただし、土の名前は高校地理の教科書と一貫性を持たせるよう一部追加・改訂)という部分で悩み、書くのに時間がかかりました。地味な土の本はそんな売れる感じではないので優先順位は高くないはず。かなり前から大体できていましたが、私はよく待ち、その前は編集者がよく待ち、完成しました。帯にある「待望の最新作」というのは読者というより私たち自身の感慨がこもっています。11月に亡くなった恩師、久馬一剛先生(私にとってはテニスの先生。サーブは80歳で130-140km/hだった)に届けられなかったことがただただ残念です。50歳年上でも、土の悩みを共有できる大先輩は友人のような存在で、たまの電話でのおしゃべりが止まらず。先生の本をもっと知ってもらいたい気持ちが私が本を書く原動力でもありました。合掌。
新刊で何が分かるのか?
新刊では、持続的農業の奥義や家庭菜園の極意や地球環境問題解決の秘策が書いてあるわけではありません。生命誕生に果たした粘土の役割、動植物と土壌の誕生と相互作用(ここは少し『大地の五億年』と被る)、恐竜の絶滅や哺乳類・人類の進化を(結果的に)駆動した土と気候の大変動、人新世の地層としての土壌の抱える問題の本質、腸内細菌とは似て非なる土壌微生物の特異性、土の持つ「知能」を生かした技術(人工土壌など)や社会デザインについて、自他の信頼に足る知見を選抜して解説しています。肥沃な土を選び、そこで文明を築いたサル(=人類)の特異性を認識することで、過度に悲観的にならずに未来の土や社会をデザインできるようになる、その一助にになることを期待しています。土について日本では学校で学びません。それゆえ、割とナイーブな言説が飛び交います。〇〇農法、〇〇菌で土壌再生とか、慣行農法で砂漠化しているだとか、世界一肥沃な黒ボク土で自給率100%、食糧安全保障だとか、永久凍土はウイルスの時限爆弾だとか、土の健康と人間の健康は同じだとか、実態の理解よりも期待と不安が先行しがちです。新刊読了後には期待と不安の渦中にある土を解像度を上げて見つめ、世に飛び交う「土は生命の源」「土は生きている」「土を離れては生きられない」という言葉の本当の意味に出会えるのではと思います。
封印したおやじギャグ
母が校閲を仕事にしていたのを横で見ていたせいか、文にあたる責任のようなものはそれなりにあり、(あくまで理系の研究者の中で)文章に一定の評価を得ています。これまでの著作も入試問題などで多く採用されました。その度、私の愛するユーモアおやじギャグがそのまま掲載されることに胸を痛めてきました(パーツで切り取られるときついのです)。そのリスクを考え、露骨なおやじギャグは自重し、文章の中に溶け込ませました(んでも、入れるんかい!?⇒ ある種のプロ意識、こだわりです)。『大地の五億年』とテイストは近いかもしれません。今回、新書版『大地の五億年』と同じくフルカラーではありません。出版社か私が身を切ってフルカラーにするのは私の訴える持続性とは矛盾してしまいます。敏腕編集者、イラストレーターの方(プロ!)が分かりやすくなるよう作りこんだ結果、本としての完成度はフルカラーの時を上回っていると思います。紙の値段も高くなってる中、値段も頑張っていただきましたし、QRコードでカラー画像に飛べるような試みもしていただきました。地球46億年とはいえ最近5億年を重視している点では『大地の五億年』と重なりますが、より最先端の科学的知見を盛り込んでいると思います。人によってはとっつきやすいのは『大地の五億年』かもしれません。両方がベストですが、好みで選んでいただければと思います。あと、最近発売された図鑑NEO地球のDVD(ドラえもん、のび太と共演しました)をお手伝いしています。こちらもおすすめです。
お願い
私はアマゾンの熱帯林も研究しているので(?)、密林でポチっとしていただくのもありがたいのですが、お近くの書店でお買い求めいただけると近所から書店が消える潮流に微力ながら抵抗できます。書店さまにおかれましてもブルーバックス、せめて新刊だけでも置いてやってください。光る泥団子も必要ならば用意します(いらないか)。トーク&サイン会なんてどうだい?という書店さま、サイン本を置いてやってもいいよという書店さま、こりずに遠慮なく声をかけてください(メール)(昔からつながりのある方々:yahooのメールアドレス死んでいるんで、取材してやってもいいよという方はgmailに連絡ください)。前回はやっぱり有名どころでトーク&サイン会やらないと本は売れないのではと思い、文喫、青山ブックセンターでイベントをさせていただきましたが、逆で、売れっ子じゃないとイベントに人が集まらないのだと学びました。心配した親戚にまで来てもらった反省をもとに今回は自重気味です。でも、出版社に「やっぱり土は売れないな」と後悔させたくはないので、しばらくは熱心に営業します。雑誌、新聞、ラジオ、テレビ(結構断ってたら、最近は減った気がします。仕事もあるし、仕方ないのです。)呼んでいただければ、時間とルールの許す限り馳せ参じますので、頭のどこか片隅に置いておいてください。
以下は告知です。
① 昆虫大学で12/21にサイン本50部を先行販売いたします。50部とは強気。
【昆虫大学】21日夜学のご登壇前に藤井一至先生をお招きし、15時30分頃〜刊行記念サイン会を開催致します。50部限定の先行販売!整理券ご用意しておりますので待ち時間を回避できます。お時間になりましたら未来屋ブースへお越しください🎫 https://t.co/jbQPikhImw pic.twitter.com/fl0zgu54wZ
— 未来屋書店 北戸田店12/21-22昆虫大学in浅草橋 (@ms_kitatoda) December 12, 2024
② そーやんyoutubeチャンネルでおしゃべり(12/16生配信、のち公開)
③ 12/26 『土と生命の46億年史』刊行記念トークイベント「土とはいったい何なのか?」
基本は毎日研究してます。なんか面白いことないかな、なんか世界を変えてやろうとあれこれ作戦考えてます。引き続き、よろしくお願いします。