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噓日記 1/8 垂乳根

今日は母を連れて買い物に行った。
俺が車を出して、大型のショッピングモールへ。
同じ県とはいえ離れて暮らす身だ。
たまには親孝行しても罰は当たらないだろう。
道中の車内、助手席に座る母が前に会った時よりも小さくなったような、そんな感覚を覚える。
互いに平等に時間が流れたことを実感する。
俺がしっかり大人になるだけ、母もそれだけ時間が流れて。
時の流れの残酷さに、少しだけ息苦しさを感じた。
母に欲しいものはないか、最近困ることはないかと運転がてら聞いてみたものの、どこか遠慮がちではっきりと答えない。
たった一人の息子なのだから遠慮なんてせずに教えて欲しいものなのに。
離れて暮らすうち、少しだけ他人に近づいてしまったような感覚だ。
モールに着き、母の欲しいものがあるだろうと婦人服やら雑貨やらの店舗に行こうと提案したのだが、それもあまり反応が良くない。
それなら、と俺が見たい男性用のアパレル店に行ってみることにした。
目に入ったコートを試着してみて、鏡の前に立つと母がそれをじっと見ている。
サイズの表記なんかを愛おしげに見つめている。
母が、他人から少し母に戻ったような、そんな感覚がした。
「どうだ、男前すぎるか?」
試着したコートの感想を求める。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
昔の通りの反応だ。
男前だろう、あんたの息子だぞ俺は。
結局そのコートを購入して、少し休憩しようかと喫茶店へ。
二人でコーヒーを飲みながら次見たいものについて相談する。
そろそろ欲しいものが浮かんだか、と尋ねると食器が見たいとのこと。
やっと遠慮が消えたようだ。
母の要望の通り、食器が売られている雑貨店をいくつか巡る。
いつの間にか食器の好みが変わった母。
デザインよりも実用性に目を向けるようになったようだ。
変わっていく趣向の変化の側に俺が居なかったことに気付かされる。
結局、数店巡ったが欲しいものはないとのことで買わずに食器選びは終了。
その後、食品なんかの買い物をして母を家に送り届ける。
少し寂しそうな母が車に向かって手を振る。
「それじゃ、また」
そう口に出す残酷さが身に染みる。
その手から逃げるように車を出す。
さて、あと何回母と一緒に外出できるだろう。
あと何年生きてくれるか、そう考える怖さを直視できない。
一年に数回会って数日だけ共に過ごして、それがあと何年。
俺はあと何回、母に親孝行してやれるんだろうか。
叶うことなら母になんでもしてやりたい。
だがなんでもできないから悔しいままに、母と会う回数が減っていく。
願うのは母の幸福。
小さくなって、老いていく母が、幸せであるように。
俺はただそのために生きている。
そのためだけに生きている。

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