Ariana Grande をしっかり振り返る
本名、Ariana Grande-Butera(アリアナ・グランデ-ブテーラ)。1993年生まれで、アメリカのフロリダ州出身です。本人曰くラテン系と間違えられることが多いそうですが、彼女はイタリア系です。
2010年から2013年まで続いたニッケルオデオンのシットコム『Victorious(ビクトリアス)』の Cat Valentine(キャット・バレンタイン)役として知られ、歌手としてデビューすると2010年代、20年代を代表するアーティストへと成長していきます。
デビュー当時は、"Next Mariah Carey(ネクスト・マライア・キャリー)" として注目を集めていました。デビューアルバム『Yours Truly』リリースの前には、Mariah Carey の代表曲「Emotions」のカバーを YouTube でアップロードしています。Mariah Carey のアイコニックなホイッスル・ボイスはもちろん、本家と聴き間違えてしまうほどに、彼女の歌い方そっくり。
今回は、7枚目のスタジオアルバム『Eternal Sunshine』の先行シングル「yes, and?」のリリースに際して、彼女のこれまでのアルバムを1枚づつ振り返りたいと思います。個人的な思い入れと不確実な記憶を頼りに書いているので曖昧な部分があるかもしれませんが、簡単なキャリア総括記事だと思って読んでいただいたら幸いです。なるべく難しい語句も使わないようにしたので、入門記事としても良いかと思います。
Yours Truly ー 新たな R&B 歌姫
シングル「Put Your Hearts Up」でシングルデビュー。この曲はデビューアルバムには収録されませんでしたが、Mac Miller(マック・ミラー)とのセカンドシングル「The Way」で早くもチャートイン。先に述べたように、Mariah Carey の系譜のボーカルと、2000年代以降のR&Bのスタイルを踏襲した軽快なピアノ・リフとヒップホップ寄りのビートが高評価でヒットしました。
デビューアルバム『Yours Truly』のタイトルは、手紙の結びの言葉「敬具」という意味で、口語では「まさに私」という意味で使われることもあります。
アルバムの1曲目「Honeymoon Avenue」はポップな仕上がりのR&Bソングですが、実はオリジナルバージョンはテイストの違うアレンジでした。オリジナルは、Amy Winehouse(エイミー・ワインハウス:2011年に27歳で急逝したイギリスのジャズ/ソウル・シンガー)が歌いそうな、50~60年代のポップス。『Yours Truly』のリリース10周年に合わせて2023年に公開された「Honeymoon Avenue」のパフォーマンス映像では、このオリジナルバージョンに近いアレンジを聴くことができます。他にもライブパフォーマンス音源が多数収録されている『Yours Truly (Tenth Anniversary Edition)』も併せてどうぞ。
この「Honeymoon Avenue」は歌詞にも注目です。ハネムーン期を過ぎ、行き詰まっているパートナーとの関係を"ハネムーン・アベニュー"でのドライブに喩え、さまざまな交通用語が恋愛関係を表現する言葉として使われます。たとえば、歌い出しはこんな風に始まります。
「バックミラーを覗き込むと
いろいろわかった気がする
私たちが目の前に見えているものよりも」
「目の前に見えているもの」=「2人の未来」よりも、「バックミラー」=「2人の過去」を眺めている方が納得できて安心できる。つまり「2人のハネムーン期は過ぎ去ってしまったのでは?」という不安を、車のメタファーを用いて表現しています。他にも、
「あなたは雨の中でも運転ができるし
車線変更もしなかった
いつもの古いレーンから脱げ出せなくて
間違った道で家に帰ろうとしている」
幸せな関係を続けていくためには変化が必要なのに、相手は古いやり方にこだわってしまい、結果2人の家に帰れずにいる様子です。
こういったオシャレな歌詞とメロディのライティングを支えているのが、アルバム収録曲のうち5曲でクレジットされている Babyface(ベイビーフェイス)。彼は80年代後半から、特に90年代にR&Bシーンでシンガー/プロデューサーとして一時代を作り上げ、現在も SZA(シザ)のヒット曲「Snooze」を手がけるなど、今でも第一線として活躍するアーティストです。彼が手がけた曲の中で、私の個人的なおすすめとして Boyz II Men(ボーイズ・トゥー・メン)の「End of the Road」も紹介しておきます。
Babyface が手がけた「Baby I」は、R&Bのテイストを十分に残していながら、イントロからドラムが印象的で、プログレッシブなポップスに見事に仕上がっています。この「R&Bを軸にしてながら」という点が、今後の Ariana Grande の音楽性の鍵のひとつになっていきます。
この曲も歌詞が素晴らしいので紹介します。たとえば、以下サビの歌詞です。
「とにかくあなたは私のすべてだと言いたいけれど
言おうとするたびに 言葉がそれを複雑なものにしてしまう」
これ、すごい美しいと思うんです。宇多田ヒカルに言わせれば、「言葉を失った瞬間が一番幸せ」なんです。結果、サビでひたすら "Baby, baby I…" とただ繰り返すことになります。
My Everything ー アイコンへの道
セカンドアルバム『My Everything』(2014) から、徐々に Ariana Grande の作家性が構築されていきます。性的表現も増え、「歌の上手い女の子」から徐々に「アイコン」になっていきます。
一番わかりやすいのが、アルバムではボーナストラックとして収録されている、Jessie J(ジェシー・J:イギリスのシンガー)と Nicki Minaj(ニッキー・ミナージュ:アメリカのラッパー)との「Bang Bang」。
三者三様のスタイルで、性についてパワフルに歌った/ラップしたナンバーです。この曲、歌詞以外にも注目すべきなのは作曲陣。このアルバムから、2024年現在でも Ariana Grande の作曲パートナーである Max Martin(マックス・マーティン)と Ilya Salmanzadeh(イリヤ・サルマザーデ:通称 Ilya)が参加しています。前者の Max Martin は、Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)のデビューの時代からポップソングのライターとして活躍し続けている人で、2010年代にヒットしたポップソングの多くが彼によって作曲されています。
エッジの効いた、Iggy Azalea(イギー・アゼリア:オーストラリアのラッパー/シンガー)とのナンバー「Problem」も、同じく Max Martin と Ilya の名前がクレジットされています。
セカンドアルバム『My Everything』の特徴として、当時の EDM の流行も意識したダンスミュージックの要素が強いことが挙げられます。ダンスミュージックのプロデューサー、Zedd(ゼッド)を招いた「Break Free」はまさに当時の流行のド真ん中を狙った曲と言えるでしょう。
このアルバムの紹介の冒頭に、このアルバムを機に「アイコン」になっていくと述べましたが、この「Break Free」のリリックが、それを体現しています。
「今夜はあなたの嘘は聞きたくない
今 私は本当の自分になったから
この瞬間に "あなたは要らない" と言ってやる
私は前よりも強くなった
この瞬間に自由になってやる」
この曲は、表向きは「パートナーの束縛からの解放」です。こういった恋愛における女性の自立についての曲は、今では数えきれないほどいろいろなアーティストがリリースしています。
しかしもう一つの文脈は、「性的マイノリティのカミングアウト」を応援する文脈です。ゲイとして知られる Freddie Mercury(フレディ・マーキュリー)が率いる Queen(クイーン)が、1984年に「I Want To Break Free」という曲をリリースしていますが、こちらも同じく、「これまで隠していた正体を捨てて自由になりたい」というメッセージが込められています。
男女の恋愛の文脈では「男性から解放される女性」、カミングアウトの文脈では「偽りの自分から解放される性的マイノリティ」ソングとして、フェミニズムとクィアコミュニティのアンセムとして今でも共有されています。
最後にもうひとつ。「Intro」、「My Everything」、「Only 1」の3曲に Victoria Monét(ヴィクトリア・モネ)の名前がクレジットされていますが、彼女もこのアルバム以降、Ariana Grande の作曲パートナーになっていくライター/アーティストです。2023年に彼女名義でセカンドアルバムをリリースし、2024年2月開催予定のグラミー賞では、全アーティストの中で最多の7部門にノミネーションされています。…が、ファーストアルバムの方が Ariana Grande の音楽性に近いので、そちらを共有しておきます。
Dangerous Woman ー 挑発する女性
「おしとやか」でいることが良しとされる女性の規範に対して、アグレッシブで「危険な女性」性を前面に押し出したのが、サードアルバムの『Dangerous Woman』。歌詞の面においても前作から表現がより挑発的になっており、限界ギリギリを攻めるような、まさに "Dangerous Woman"。「Into You」がまさにそういった歌詞です。
「私に火をつけて
私もあなたをその気にさせてあげるから
少しだけ危険な
でもそれが私の欲しいやり方だから
会話は減らして もっと私の身体に触れて
だってあなたに夢中だから」
今作はこういったテーマ性に加えて、音楽的な幅の広さと、(元々完成されていた)Ariana Grande の成長したボーカル表現の豊かさが詰まっています。ソウル、R&B、ポップス、ジャズ、ラップミュージックなどをブレンドし、再び Nicki Minaj との「Side To Side」はレゲエチューンになっています。
ファンたちの推測の域に過ぎないので軽く触れるまでにとどめておきますが、この曲は「一日中ベッドの上でパートナーで過ごした後のデリケートゾーンの痛み」についての曲だそうです。
Sweetener ー 喪失を乗り越えて
2018年にリリースされた4th アルバム『Sweetener』の前に、前年に起きた事件に触れなくてはなりません。2017年5月22日、Ariana Grande が『Dangerous Woman』のツアー中、イギリスのマンチェスターでの公演を終えた直後、観客がまだ会場に残っている段階で、爆弾を使った自殺テロが起き、彼女のファンたち22人が亡くなりました。
事件の翌月、Ariana Grande は犠牲者たちに祈りを捧げるべく、マンチェスターにて急遽、無料の慈善コンサートを行いました。登場した著名なゲストは、Pharrell Williams(ファレル・ウィリアムス)、Miley Cyrus(マイリー・サイラス)、Nile Horan(ナイル・ホーラン)、The Black Eyed Peas(ブラック・アイド・ピーズ)、Katy Perry(ケイティ・ペリー)、ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)など。中でも注目は、Coldplay(コールドプレイ)のフロントパーソン Chris Martin(クリス・マーティン)との、Oasis(オアシス:マンチェスター出身のバンド)の名曲「Don't Look Back In Anger」です。
「怒って過去を振り振り返らないで」というタイトルのこの曲は、実際にマンチェスターの市民にとってはアンセムになっており、犠牲者の慰霊集会では自然発生的にこの曲が歌われていました。以下ビデオは、実際のニュース映像です。Noel Gallagher(ノエル・ギャラガー)はこの曲を書いた Oasis のメンバーです。
この悲惨な事件を経て、『Sweetener』の先行シングルとしてリリースされたのが、「もう流す涙はない」と歌った「no tears left to cry」です。アートワークの写真が上下反転しているのは、「トラウマで世界が反転している」ように感じていた当時の Ariana Grande の心境が反映されているそうです。
トラウマを抱えながらも、アップビートなトラックにのせてセルフケアについて歌ったこの曲は、なかなかに衝撃でした。いろいろな意味で、『Sweetener』から彼女のキャリアは次のフェーズに突入します。ちなみにアルバムタイトルの "Sweetener" は日本語で「甘味料」を意味し、「つらい人生に甘みを与える」という意味が込められているそうです。タイトルトラックにもなっています。
サビ(歌い出し)の歌詞は非常に詩的になっています。
「人生にカードが配られてしまうと
すべてがしょっぱく感じてしまう
そこに甘いあなたがやっきて
苦味を和らげてくれる」
「人生にカードが配られしまう」とは、選択するしないに関わらず、人生には避けられないことが突然訪れることを意味しています。勝手に手札が配られ、ゲームは始まってしまうのです。英語圏では “when life gives you lemons, make lemonade(人生がレモンを与えてくるなら レモネードを作りなさい)” という格言と似た意味で、つらい状況を逆手にとってポジティブに生きていこうとする姿勢です。
ちなみにこの曲、サビのメロディが Bee Gees(ビー・ジーズ)の「How Deep Is Your Love」の歌い出しのメロディと酷似していると思いませんか?彼らの名前はクレジットされていませんが、訴えられても不思議ではないくらいに似ていると思うんです。
続いてセカンドシングルの「God is a woman」。
「神は女性」というインパクトのあるタイトルですが、これは Ariana Grande の宗教観/政治観が表れていると言っていいでしょう。彼女は元々キリスト教徒(カトリック)でしたが、キリスト教は同性愛嫌悪が強いなどの理由で(彼女の兄 Frankie Grande は同性愛者)、徐々にキリスト教的な考えから距離をとっている(あるいは改宗した)ようです。そういった背景もあって、「神は男性」としているキリスト教の常識から外れた曲になっています。ちなみに、Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)も「all the good girls go to hell」にて、神は女性であることを仄めかしています(神の代名詞が "her" になっている)。
リリース当時、「God is a woman」は MV も面白い物議を醸しました。MV の1分17秒あたり、巨大な Ariana Grande が地球の上に座っている演出で、台風の目を女性器に見立てて愛撫するような仕草をしています。性的快楽を肯定しないキリスト教的価値観の正反対をいくようなアイデアです。
"Rapid Eye Movement Sleep”(レム睡眠)から着想を得た、ドリーミーなナンバー「R.E.M」は、2021年に Ariana Grande が立ち上げたコスメブランドの名前にもなっています。
サウンド面での『Sweetener』の最大の特徴は、15曲中7曲で、The Neptunes(ネプチューンズ)のメンバーで、「Happy」などで知られるヒップホップ/R&B プロデューサー/シンガーの Pharrell Williams が参加していることです。2000年代以降、無機質ながらもファンキーでクセになるサウンドでヒット曲を超大量プロデュースしてきた彼の手腕もあって、これまでの作品の中で一番特徴的でまとまりのあるアルバムに仕上がっています。また、Ariana Grande のボーカルスタイルも変わり、ハイトーンで攻めるよりナチュラルに淡々と歌い上げる曲が増えています。
thank u, next ー セルフラブで前に進む
2018年10月、『Sweetener』でも彼の名前を冠したトラックが収録されていた Pete Davidson(ピート・デヴィッドソン:アメリカのコメディアン/俳優)との破局、婚約破棄が明らかになりました。
さらに、Pete Davidson の前に交際していた、良きコラボレーターでもあった Mac Miller が、『Sweetener』リリースの翌月に薬物の過剰摂取で亡くなりました。
マンチェスターの事件から乗り越えようとしていた矢先、パートナーとの婚約破棄と、元パートナーの事故死が重なり、『Sweetener』のリリースからわずか3ヶ月後に、早くも 5th『thank u, next』の先行シングル「thank u, next」をリリースします。『Sweetener』の同じく上下反転したアートワークから(しかし今回は自分で自分を抱きしめている)、前作からの精神的続編と言うこともできます。
Big Sean(ビッグ・ショーン:Ariana Grande のコラボレーターでもあったアメリカのラッパー)、Ricky Alvarez(リッキー・アルバレス:アメリカのラッパー)、Pete Davidson、Malcolm McCormick(マルコム・マコーミック:Mac Miller の本名)の名前を挙げ、これまで元パートナーに感謝を伝えて次に進もうとする、セルフラブのナンバーです。
「ある人は愛を教えてくれた
ある人は忍耐を教えてくれた
ある人は痛みを教えてくれた
今 私はとっても素敵
誰かを愛して 失いもした
でも今の私は気にしない
私は手に入れたんだから
あなたが教えてくれたこと」
歌詞はとてもつらいですが、それがこの曲の魅力でもあります。ちなみに、元パートナーの誰一人も悪く言う表現はありませんが、インタビューで「忘れて 彼はクズだったから」と歌うこともできたが、曲としてうまくハマらなかったということを認めています。本音と建前ですね。
セカンドヴァースでは、トラウマから乗り越えようとする様子が歌われます。
「もっと友だちと一緒に過ごす
もう不安はない
それに 素敵な人に出会った
良好な会話もしてる
周りから "次にいくの早すぎ" って言われるけど
今回は長続きするはず
だって彼女の名前は "Ari" だから
私は満足してる
彼女は愛を教えてくれた
彼女は忍耐を教えてくれた
痛みの向き合い方も
最低なことも素敵に思えてくる」
ファーストヴァースで、元パートナーから教えられたことを、今度は自分が自分に教えるフェーズに入っています。さらに自分を客観視し、「自分は Ariana Grande なんだ」と、自信に満ち溢れている様子です。「Break Free」と同じく、パートナーの依存から脱却するセルフラブという点で、女性の力強さと連帯を訴えるアンセムにもなっています。
この曲を聴いたとき、個人的に Ariana Grande の作品で一番感動しました。重いトピックを扱っていながらも、ユーモアあふれるポップソングに仕上がっていたからです。その理由はサードヴァース(ブリッジ)の歌詞にあります。
「いつか花道を歩く
ママの手を握りながら
パパにも感謝したい
私はドラマで育ってきたから
こんなことは一度きりでいい
こんなこと続いてほしくない
もう何も起きないだろうし
この曲はヒットする」
女優として芸能界デビューした Ariana Grande は、文字通りテレビドラマを通じてキャリアを積んできました。しかし英語の "drama" には「波瀾万丈な出来事」というニュアンスもあり、多くの恋愛遍歴、マンチャスターの事件、Mac Miller の死など、それらをひっくるめて「ドラマ」を経験したと歌っています。
さらに最後に「この曲はヒットする」とメタ的なユーモアを忍ばせ、実際にリリース後、ビルボードチャートで7週間1位を記録しました。パーソナルなストーリーを、誰もが共感できる、誰もがアクセスできる曲に仕上げるセンスがポップアイコンの才能だと思っているので、この曲はその究極系です。
「thank u, next」はその MV にも触れざるを得ません。
2004年に公開された映画『Mean Girls(ミーン・ガールズ)』を中心に、2001年『Legally Blonde(キューティー・ブロンド)』、2000年『Bring It On(チアーズ!)』、2004年『13 Going on 30(13 ラブ 30)』といったティーンコメディの名作のリファレンスが大量に施されています。それぞれの映画のオリジナルキャストも多数出演しています。MV と各映画の比較動画があったのでどうぞ。
2023年に『Mean Girls』がリバイバルし、今年に入って Angourie Rice(アンゴリー・ライス)と Reneé Rapp(レニー・ラップ)を主演に迎えた、ミュージカル版『Mean Girls』が上映されています。このリバイバル現象を誰よりも早く取り入れていたのが Ariana Grande です。
ちなみに、2023年の年間ベストアルバムのひとつである Olivia Rodrigo(オリヴィア・ロドリゴ)の『GUTS』に収録されている「ballad of a homeschooled girl」に、"It's social suicide" というリリックが出てきます。
これはオリジナル版『Mean Girls』で Regina George(レジーナ・ジョージ)が Cady Heron(キャディ・ヘロン)に向かって言ったセリフであり、Olivia Rodrigo も Cady Heron もホームスクールで育った共通点があります。
セカンドシングル「7 rings」は、ミュージカルの古典『The Sound Of Music(サウンド・オブ・ミュージック)』の「My Favorite Things」のメロディを引用しています。
アクセサリーでもコスメでも、欲しいものはなんでも買うという散財オシャレソングですが、2010年代のフィメールポップソングらしい曲でもあります。サビでは以下のように歌われます。
「目にして 気に入って 欲しくなって 買っちゃった」
ただの衝動買いソングといえばたしかにそうですが、もう少し踏み込んだ解釈もできます。たとえば、2016年に Beyoncé(ビヨンセ)がリリースした「Formation」に、こんな歌詞があります。
「目にして 欲しくなって 手にしてやる イエローブラウンのこの私が
夢見て よく働いて 手にするまで努力してやる」
資本主義社会においては、自分で働いて金を稼ぎ、物を買って集めることが正義とされています。そんな中で、男性中心の経済のサイクルに巻き込まれるのではなく、女性が主体的に働き、物欲にしたがって物を手にするんだという主張を、Beyoncé はここでしています。「7 rings」も、ここまでパワフルではないにしても、そういったアチチュードは確実にあると思います。
オープニングトラック「imagine」で顕著に現れているように、『thank u, next』は音数が少なく、リバーブ(残響音。トンネルで音を出すと、音が広がって残るあの感じ)を多用したサウンドプロダクションが特徴です。
この特徴のおかげで、ベッドの上のドリーミーな世界観を構築できています。さらにこの曲は、曲が進むにつれてストリングス(弦楽器)が加わり、アレンジも徐々に派手になっており、オーディエンスをパステルピンクと黒の世界に誘い込むアルバムのオープニングとしての魅力が詰まっています。
Pharrell Williams 主導のビートの強かった前作『Sweetener』から一転、比較的なミニマムなビートの曲が増えて、総合的に音数を減らす代わりに、Ariana Grande のボーカルがより「楽器」として機能することになります。これまでの力強いボーカルはさらに抑えられ、息遣いまで聞こえそうな繊細なボーカルと多重コーラスが至るところで施されています。
ビートがミニマムと言っても、サウンドは多岐に渡ります。レゲエのテイスト香る「bloodline」や、トラップビートの「bad idea」など、R&B をベースに、軽いフットワークでさまざまなジャンルを縦横無尽に行き来するのが『thank u, next』の特徴です。
これは2024年の今だから言えることですが、R&B を基調したグローバルポップス、日本のカワイイ/KAWAII文化(「bad idea」では日本語で「Ariちゃん」と歌われています)、2000年代前半のティーンカルチャーへのノスタルジーといった点で、現在のグローバルスタンダードの K-Pop のスタイルの青写真になっていた気がします。
Positions ー コロナ禍のベッドルーム
2020年、パンデミックに入ると、Ariana Grande と Justin Bieber がいち早く動き出し、大切な人とのステイホームがテーマの「Stuck with U」をリリースしました。
続けて Lady Gaga(レディ・ガガ)とのコラボで「Rain On Me」をリリースし、メジャーアーティストとして(おそらく)最初に、いかついマスクを着けたままパフォーマンスしました。
そして2020年10月、Ariana Grande のパンデミックアルバム『Positions』からの先行シングル「Positions」がリリースされました。
この曲は、ベッドの上(パーソナルな空間)と、政治(パブリックな空間)の両方において女性が主導権を握ろうというエンパワーメントソングです。"position" という言葉は、性行為の「体位」と、政治の「役職」のダブルミーニングとして使われています。「positions」リリースの翌月にはアメリカ大統領選挙が控えており、投票への注意喚起の意図もあるキャンペーンソングでもありました。MV は、ホワイトハウスとベッドルームが舞台になっています。
足すと「69」になる「34+35」でも同じく、ひたすらセックスと体位の話をしています。
Doja Cat(ドージャ・キャット:アメリカのシンガー/ラッパー)と Megan Thee Stallion(メーガン・ジー・スタリオン:アメリカのラッパー)を迎えたリミックスバージョンの MV は、ホテルでのド派手な女子会の様子です。ビデオの中盤と終盤で挟まれるルームサービスの電話は、ブーティコール(セフレを呼ぶ電話)の雰囲気があるとの指摘もあります。
前作『thank u, next』のシグネチャーを引き継ぎ、『Positions』でもストリングスが多用されています。"Come run your hands through my hair(あなたの手で私の髪を滑らせて)" と歌う「my hair」もその例外ではありません。
ストリングスという楽器の性質上、細長い糸の束を想起すると思いますが、それが女性の「髪」とリンクして、サウンドとリリックの両方から「髪」を表現できていると思います。さらに、The Sign Magazine の木津毅さんによる本作のレビューに、以下のような分析があります。
ピチカートとは、弦楽器を弓を用いずに指で爪弾く奏法です。「positions」のイントロからその奏法を聴くことができます。サウンドが持つイメージと、パートナーとの親密な関係を結びつけた上質なプロダクションです。
yes, and? ー ディーヴァの帰還
2024年1月12日、約4年ぶりのアルバム『Eternal Sunshine』の先行シングルとして「yes, and?」がリリースされました。サウンドはクラシックなシカゴハウスで、Madonna(マドンナ)の「Vogue」の直系に分類されるでしょう。この「Vogue」といえば、最近でも Beyoncé が「BREAK MY SOUL」のリミックスとして、「Vogue」を下敷きにした「BREAK MY SOUL - THE QUEENS REMIX」を2022年にリリースしており、Madonna 再評価の機運がより現れてきました。キャリア初期のツアーでは Whitney Houston の「I'm Every Woman」と併せて「Vogue」をステージでカバーしていたこともあります。
タイトルの "yes, and?" は日本語に訳すとすれば「そうだけど、だから?」になります。かなり強烈で爽快なリリックが続くのですが、こちらもその背景をまず共有します。
Ariana Grande は長い間、彼女が主演を務める名作ミュージカル『Wicked(ウィキッド)』の劇場版の撮影をしていました。その最中に、2021年に結婚した Dalton Gomez(ダルトン・ゴメス:アメリカの不動産業者)と、2023年に離婚。その3日後に『Wicked』の共演者 Ethan Slater(イーサン・スレーター:アメリカンの俳優)と交際を開始しました。
しかし厄介なのは、相手の Ethan Slater は妻帯者で、交際が始まる前の2022年にすでに第一子をもうけており、さらに Ariana Grande の離婚から交際再開までのスピードを考えると、ダブル不倫なのではとパパラッチから注目を浴びます。その間も Ariana Grande は沈黙を貫き、本業であるはずの歌手ではなく、俳優やコスメブランドオーナーとしての活動が目立ちました。
そういった中、Paula Abdul(ポーラ・アブドュル:アメリカのシンガー)の1989年のシングル「Cold Hearted」の MV をそのままオマージュした「yes, and?」の MV がリリースされました。
MV の冒頭、Ariana Grande から謎の招待状を受け取った人たちは、「もっと高いポニーテールの頃の彼女が好きだった」「昔の彼女が恋しい。覚えてる? "歌手" の彼女」など、現在の Ariana Grande には興味がない様子。しかしスタジオから入れ違いで出てきた人たちは何やら興奮した様子で、中には石像が並んでいます。この石像は、過去の彼女のアルバムのアートワークをリファレンスにしていると言われています。
曲が始まると石像が砕け、Ariana Grande とダンサーたちが、招かれたゲストを魅了していきます。曲が終わる頃にはゲストは大興奮で、同じく招待状を受け取ったと思われる別のゲストの組が入ってこようとしています。つまり、このゲストたちは、最近の Ariana Grande の音楽への興味を失っていたファンが、この先行シングルで一気にまた魅了されるというメタ的な演出になっています。
この曲はサウンドも MV も最高ですが、歌詞もキレッキレなので見ていきましょう。
「男の子も 口紅をつけて
(誰にも文句は言わなせない)」
ジェンダーフリーのコスメブランドのオーナーだからこそ説得力がありますね。2023年の Vogue のメイクアップ動画にて、自分を隠すためにボトックスやリップフィラーをやっていたが、2018年以降は「隠れるためのメイクが嫌になった」ためやっていないと打ち明けました。自分を隠すためではなく、自分を表現するための武器としてメイクをするというのが、今の彼女のスタンスみたいです。
「"そうだけど、だから?"
思ってること全部胸張って言いなよ
自分が自分のベストフレンドになりな
思ってること全部胸張って言いなよ
進み続けよう "次は何?"って」
歌手としての活動が疎かになっていることや、Ethan Slater の交際に関する批判や憶測を「そうですけど何か?」と蹴散らしています。これは開き直りというよりも、「私は私がやりたいことをやるだけ」というディーヴァのパワーからくるものです。"What's next?" は、もちろん「thank u, next」を意識しており、「yes, and?」が彼女なりの "next" だったというメッセージです。
さらにキレキレなのはブリッジです。
「私の身体に口出しないで 返信もしないで
あなたの問題はあなたの問題 私の問題は私の問題
なんでそんなに私が誰と寝たか気になるの?
ねぇなんで?」
最初の一行はボディシェイミング(人の見た目を馬鹿にしたり、批判したり、意見を言ったりすること)への直接的な批判です。彼女は2023年にも、「ネガティブな批判はもちろん、たとえポジティブな言葉であっても、褒めているつもりでも、他人の身体に口出するのはやめよう」という趣旨の動画をアップロードしていました。
誰が誰と交際しているのか、不倫しているのかも、第三者が口を出す権利は全くありません。Ariana Grande は、彼女を包んでいた他者からのしがらみを、「yes, and?」で一瞬にして払い除けて我が道を行こうとしています。ディーヴァです。
2024年3月8日リリースされるアルバム『Eternal Sunshine』のタイトルは、Jim Carrey(ジム・キャリー)と Kate Winslet(ケイト・ウィンスレット)主演のロマンス映画『Eternal Sunshine of the Spotless Mind(エターナル・サンシャイン)』にちなんでつけられたとのことです。この映画とどんな関連性があるのか、注目です。