チャレンジがオペラの裾野を広げる〜アーリドラーテ歌劇団「オテロ」
「アーリドラーテ歌劇団」が主催する、ヴェルディ「オテロ」の公演に行ってきました(1月30日、新国立劇場中劇場)。
「アーリドラーテ歌劇団」は、国際弁護士を本業とする山島達夫さんが主催するオペラカンパニーで、ヴェルディオペラの上演のために作られた団体です。「アーリドラーテ」という名前は、ヴェルディのオペラ「ナブッコ」に登場する有名な合唱、「行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って」の、「黄金の翼 ali dorate」の部分からとったものでしょう。2011年に「椿姫(ラ・トラヴィアータ)」で旗揚げし、現在まで7作を上演。「オテロ」が8作目になります。2020年の予定が、コロナ禍で延びてしまいました。
山島さんは激務の傍ら、ヴェルディ・オペラの上演に情熱を傾けていて、東京音楽大学の指揮研修講座で学んだり、ネッロ・サンティの薫陶を受けたりしています。一度ヴェルディオペラをテーマに対談形式で行われたレクチャーに伺いましたが、徹底した楽譜研究に感銘を受けました。
この団体の公演を鑑賞するのは二度目ですが(前回は2019年の「マクベス」)、前回と比べて格段に完成度の高い公演だったと思います。オーケストラと合唱団は公演のための臨時編成ですが、ソリストには水準の高いプロを招いています。また、「マクベス」もそうでしたが、ダンスを積極的に活用している。演出の木澤譲氏も、ダンサー、振り付け師としても活躍しています。
今回は、この演出がとてもよかったと思います(振り付けは能美健志氏)。
冒頭の嵐のシーンでは、ダンサーたちの動きを海や波に見立てた演出が効果的でしたし、他にもさまざまなところでダンサーが活躍し、舞台を盛り上げていました。装置はほとんどなく、舞台奥へ向かう道のような空白と、上から下がる布くらいでしたから(イメージは「灯台」だそうです)、ダンサーは動きやすい。加えて、場面の状況に応じて的確に切り替わる照明も、とても効果的でした。会場の新国立劇場中劇場の奥行きのある舞台も、今回の演出にはプラスだったと感じます。
そして今回の最大のチャレンジは、第3幕の冒頭に、滅多に上演されない「バレエ音楽 ballabili」を組み込んだこと。パリ、オペラ座での上演にあたって加えられたものですが、まず上演されません。生で聴いたのは初めて。音楽としては「オテロ」にふさわしいかと言われるとちょっと疑問符ですが(ヴェルディ先生すみません、笑)、貴重な経験でした。
ソリストも熱演。とりわけデズデーモナの鈴木麻里子さんは初めて聴きましたが、強さとしなやかさのあるよく通る声、輝きとフェミニンな色合いを備えた音色が魅力的。技術的にも安定し、フレージングも綺麗でした。ヤーゴ役岡昭宏さんは若い策士のヤーゴをスタイリッシュに演唱。イタリア語の発声も美しい。イタリア語の美しさではカッシオの渡辺大さんも秀逸。リリカルな甘い美声とあいまって、イタリアオペラのテノールの魅力を伝えてくれました。オテロ役青柳(すみません、正確な字に変換できません。。。)素晴さんも体当たりの熱演。スピントな声には広がりがあり、狂気の表現も鳥肌ものでした。藤原「イル・トロヴァトーレ」でも感じましたが、日本人歌手のレベルは本当に高くなっています。残念なのが、歌う場があまりにも少ないこと。やはり「場数を踏む」ことで見違えるようになるので。。。
オーケストラは、ヴェルディのドラマを丁寧に伝えることに重点を置き、誠実な音作りをしていました。やはり本当のプロではないので(ここでも「場数」が重要ですが、致し方のないこと)、どうしてもここ!というところの迫力に欠けてしまう。その辺りは、指揮でもう少しカバーできたかもしれない。例えば第4幕で、デスデーモナがベッドに入った直後にオテロが寝室に入る場面で、オテロの侵入を表現する有名なコントラバスの音楽があるのですが、その直前の全音符がとても短かった。あそこはきちんと延ばさないと音楽の雄弁さが削がれます。その辺は、タクトでコントロールできたのではないでしょうか。
とはいえ、全体としてはとても意欲的な試み。普段オペラ会場に足を運ばないような方も結構見えている印象でしたし、私のようなオペラフリークにも「発見」をもたらしてくれる公演でした。このようなチャレンジが、オペラの裾野を広げるのに貢献していることは間違いありません。