テーマは「喪失」。「オルフェオ」神話から掘り出された新たな鉱脈〜METライブビューイング「エウリディーチェ」
ポストコロナの新シーズンで、意欲的な新基軸を次々と打ち出しているNYのメトロポリタンオペラ。
シーズンオープニングを飾り、先日日本でも上映されたブランチャードの「Fire shut up in my bones」も感動的な作品でしたが、31歳の作曲家マシュー・オーコインが2020年に発表し、今回MET初演が実現した「エウリディーチェ」も、奥の深い、衝撃的な作品でした。
タイトルが示す通り、作品の下敷きはギリシャ神話の「オルフェウス」。楽人オルフェウスが、結婚の日に死んでしまった新妻エウリディーチェを取り戻しに地獄へ行き、地獄の神々を音楽で説得して妻を取り戻すものの、地上へ出るまで妻を振り返ってはいけないという命に背いて振り返ってしまい、妻を喪う物語です。
「音楽の力」を暗示する内容のため、オペラのごく初期から、繰り返し作曲されてきた作品としても有名です。当初は宮廷オペラでしたが、19世紀にはオッフェンバックがオペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」として、神話をパロディ化。ラブラブのはずが夫婦はすでに倦怠期で、オルフェウスは妻が死んで喜んだものの、「世論」に背中を押されて地獄へ行くなど、当時の世相を皮肉ったものとして大人気を博しました。
そして今回、21世紀の「オルフェウス」オペラが誕生したわけですが、これがとても新鮮で、考えさせられ、刺激的な作品だったのです。
タイトルを「エウリディーチェ」にしたことからもわかるように、本作の主人公は妻のエウリディーチェです。彼女はオペラの中で成長?し、自己発見に至るのです。これまでの「オルフェウス」オペラでは、成長したりする主人公はオルフェウス。エウリディーチェにはほとんどなんの役割も与えられていません。オルフェウスを引き立てる?だけです。ここでは死んで冥界に行き、亡くなった父と再会したことで、エウリディーチェはオルフェウスの真の姿(エゴイスティックな芸術家)に気づき、父との時間の大切さに目覚めて、いざ夫が迎えにきて、地上に出る途中で彼が振り向いたら、ここを千度と冥界に戻ってしまうのです
。
「オルフェウス」像もなかなか強烈です。彼の、芸術家としてのエゴが徹底的に描かれるのです。彼が愛しているのは音楽だけ。それを通した自分だけ。エウリディーチェは、実は眼中になかったりする。これ、男性にも、芸術家にも、相当に厳しい内容なのでは?
そんな複雑なオルフェウスを表現するために、オーコインは卓抜はアイデアを思いつきました。一役を二人が演じる。実際の?オルフェウスはバリトンが歌うのですが、彼の中に渦巻く「音楽」の象徴のような役割として、第二のオルフェウス(カウンターテナー)が常に付き纏います。背中には天使のように羽が生えている、というあんばいです。この役を演じたオルリンスキーというカウンターテナー、ブレイクダンスの名手でもあり、美形!タレント性抜群でした。
地獄ではゾンビのような石像が活躍し、冥界の王ハデスはベルカントテノール。浮世離れした設定は、「あの世」にぴったり。
そんな不気味な環境で、死んだ父と出会ったエウリディーチェは、父への愛に目覚めてしまう。
最後はそれも満たされることなく、主役たちはそれぞれが大きな「喪失」を経験します。作品が書かれたのはコロナ前ですが、コロナを経て「喪失」は全人類共通のテーマになりました。
もしそれを承知の上でMETが本作を上演したとしたら、さすがの慧眼です、ピーター・ゲルブ総裁。
音楽はミニマルミュージックなど基本的にはモダンですが、あちこちにオペラの歴史を研究した形跡が。ベルカントオペラの影響はかなり強く、オペラらしい音楽の弧を「聴く」楽しみも味合わせてくれます。
原作は、オペラ以前に成立していた戯曲だとのことで、その原作を書いた女性劇作家サラ・ルールがオペラの台本も手がけました。女性だからこそ、の視点というのはあるでしょう。
演出も有名な女流演出家のメアリー・ジマーマン。ダイナミックでアイディアに溢れた装置は、METの「ルチア」などでお馴染みですが、今回も音楽と一体化して展開が速く、カラフルでダイナミック。「次に何が起こるのか?」と聴衆の興味を繋いでいく演出だったように感じます。
歌手ではまず、タイトルロールのエリン・モーリーが素晴らしい。透明な質感のあるしなやかな声、鈴を鳴らすような美しい音色、ムラのない響きと自在な超絶技巧。演技も説得力があり、引きつけられます。父親役ネイサン・バーグの渋いバリトン、ハデス役バリー・バンクスの痛快な高音、オルフフェオ役ジョシュア・ホプキンスの「危ない人」的な声と演技、皆どんぴしゃりの配役でした。
ライブビューイングの司会に、しばらく前までメトロポリタンオペラのスターとして一世を風靡し、この司会役でも大活躍したルネ・フレミングが復活し、さすがの頭の良さで、キャストインタビューの時にいい質問を連発していたのが嬉しかった。
「エウリディーチェ」、24日まで。東劇のみ3日まで。新生MET、本当にやってくれます。
https://www.shochiku.co.jp/met/program/3768/
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