継続は力なり〜びわ湖ホール プロデュースオペラ「パルジファル」
マニアックな話題ばかりで恐縮ですが、先週、今週と、日本のオペラ界にとって注目すべき公演が続いています。
決して有名どころとはいえず、日本での上演も多いとはいえない作品、けれど「名作」と言えるオペラで、全て日本人キャストを配し、レベルの高い、おそらく欧米の良い劇場の公演に決して見劣りしない公演が相次いでいるのです。
藤沢市民オペラの「ナブッコ」のことは前回書きましたが、今日は、びわ湖ホールの「パルジファル」、そして、アント ネッロという団体の「ジューリオ・チェーザレ」について書きたいと思います。
まずはびわ湖の「パルジファル」から。
大津市のびわ湖ホールは、大中小3つのホールを擁する関西屈指の劇場です。京都から電車で10分、大津駅からはちょっと距離がありますが、湖畔にあるため眺望が素晴らしい。ホールの湖側には湖に沿ったプロムナードがあり、コンサートの前後や休憩時間に散歩もできます。何より、大ホールと中ホールの湖側はガラス張りで、湖の絶景が堪能できるというわけ。このように自然に溶け込んだ立地のホールは、世界でも数少ないのではないでしょうか。名ソプラノの故ミレッラ・フレーニが、ボローニャ歌劇場の来日公演でこのホールに客演した時、母国イタリアに持って帰りたいと言ったのは有名な話です。
大ホールには、関西初の「四面舞台」があり、つまり舞台が座席並みに広い。オペラが上演できることを目的にしたからなのですが、1998年の開館以来、オペラはびわ湖ホールの看板です。その中でも大掛かりなのが「プロデュースオペラ」で、初代芸術監督の故若杉弘先生時代は、ヴェルディのオペラの日本初演を9作行いました。2007年に沼尻竜典氏が2代目の芸術監督になってからは、同じく「プロデュースオペラ」でいろいろな演目を取り上げてきましたが、ここ10年近くはワーグナーの大作オペラを連続上演。「ニーベルングの指環」四部作も完遂しました。その最後の演目である「神々の黄昏」は、コロナ禍でイベント中止令が出た時、まさに公演直前。最終的に無観客上演でストリーミング配信し、大きな話題になったのは記憶に新しいところです。その功績で「菊池寛賞」まで受賞してしまいました。沼尻マエストロは、「無観客上演でストリーミングをしたということに対してで、公演の出来じゃないんですよ」とおっしゃいますが、(取材のため現地で拝見することができましたが)いえいえ、公演の出来栄えも立派なものだったと思います。
今年は、今月の3、6日と二回にわたって、ワーグナーの最後のオペラである「パルジファル」を上演。「キリスト教と芸術」がからむテーマもなかなか難解ですし、音楽も、寄せては返す波のように延々と続いて、メリハリがないといえばないので、正直、テーマ、音楽とも「分かりやすい」とは言い難い。音楽は、ワーグナーに疎くても、身を委ねていれば「心地よい」ものではありますが、「タンホイザー」のような分かりやすい作品より、上演しづらいことは確かでしょう。
びわ湖ホールにとっても、「パルジファル」は冒険だったと思います。けれど今回も、近年のワーグナー上演同様、とても聴きごたえのある舞台でした。コロナ禍以降、リスクを避けることもあってセミステージ上演になってしまい、また合唱団がマスクをつけるなどマイナス要素を強いられていますが、それでも見る価値、聴く価値のある舞台を創り出していることは掛け値なしに素晴らしいと思います。
何より目を見張ったのは、オール日本人キャストで「パルジファル」が十二分に堪能できる、ということでした。これが一時代前なら、日本人にワーグナーなんて無理、という声もあったはず(今でもあるようですが)。
けれどびわ湖ホールの貴重なところは、(若杉先生時代もそうだったのですが)、基本的にオール日本人キャストであるということです。(ワーグナーの大作に、外国人が1人とか入ることはありますが)。そしてこれはカンパニー上演でなく、劇場主催の公演の強みですが、カンパニーの縛りなくキャスティングができるということ。びわ湖では、沼尻マエストロがこだわってキャスティングをしている。その中で歌手の方達が経験を積んで、また近年日本でもワーグナー上演は増えていますから、それも経験して、着実に前進してきたのだと思います。それを痛感した「パルジファル」の公演でした。
今回のキャストでまず光ったのは、クンドリ役の田崎尚美さん。新国立劇場「さまよえるオランダ人」でも好演したばかりですが、本当に日本人離れした、厚みと輝きのある声の持ち主。クンドリという正体不明の女性の魔性も滲み出るようで、ドイツ語の発語も自然に聞こえました。容貌も日本人離れしています。
タイトルロールのパルジファルは、びわ湖のヒーロー、福井敬さん。やはり「うまさ」が光ります。ちょっと当てて歌っているようなところもあるのですが、技術でカバーできるので不自然に感じない。何より、ヒロイックな表現は「無垢の英雄」パルジファルにぴったりです。
超熱演は、要の役グルネマンツの斉木健詞さん。輝かしいバスの声と彫りの深い表現。内面的な役ですが、特に第3幕の、パルジファルとの再会以降の敬虔さと使命感に満ちた部分は素晴らしかった。アムフォルタス役の青山貴さんも、罪に苦しむ難しい役どころに全霊をささげていたと思います。
悪役クリングゾルの友清崇さんには悪役らしい華があり、アムフォルタスの父、ティトウレルの妻屋秀和さんは短い出番にもかかわらず抜群の存在感。ティトウレルの身勝手な「悪」の面が見えてしまうのは、「黄昏」の悪役ハーゲンでの熱演を思い出させました。小さな役といえば、「聖杯の騎士」というちょい役に、スターテノールの西村悟さんが出ていてびっくり。贅沢です。
沼尻マエストロ指揮する京都市交響楽団は、「銀の音楽」をなめらかに繊細に奏でました。「パルジファル」は、いわゆるライトモティフが「リング」などに比べるとずっと少なく、その分主要なテーマが繰り返されて、ある意味非常にサブリミナル効果的な(麻薬的。。。)な音楽だと思うのですが、このような自然な流れだと、くどさが和らいで聴きやすい。
演出は伊香修吾さん。オーケストラを中央に、ソリストは前面、合唱は背後の階段状の高台に配置。背後からオーケストラの中に向かって通路が延びます。肝は舞台後方に投影された映像で、森や飛ぶ鳥、光といった自然の情景と音楽との一体感が光っていました。最後の最後で茂みがひらけて光が差す部分では、「パルジファル」が「癒し」の音楽かもしれない(本当にそうかどうかは軽々とは判断できないですが)、という気分になることができました。
繰り返しですが、兎にも角にも「パルジファル」という難しいオペラを、キリスト教国でもなければワーグナー演奏の歴史が長いわけでもない日本で、日本人キャストで、十二分な水準で上演できたことは素晴らしいこと。これも、びわ湖でのワーグナー演奏の継続がものを言っていることは間違いありません。
継続は力なり。言い古された言葉ですが、真実です。