見出し画像

[音]を[楽]しむということⅢー角野隼斗全国ツアー2022 in TOKYO (live streaming) よりー

東京公演


配信組の準備は
1 如何にして音を綺麗に響かせるか。
2 如何にして周りの雑音を排除するか。
3 如何にして画面を綺麗に映すか。
この 3 点から始まる。※個人の感想 (笑)

2 と 3 は部屋のカーテンとドアを閉め、パソコンをテレビに繋いで完了したけれど 1 がなかなかに難しい。

コンサートホールのような響きを出そうとパソコンの音量を上げると音が割れるのでパソコンの方はそこそこの音量でテレビの方を最大まで上げる。

ピアノは綺麗に聞こえるが声が大きく鳴りすぎるためにリモコン片手にコンサートを聴くという混沌たる画になった (笑)

配信の哀しさ
それは、音の波は捉えられるのだけど音色の変化までは捉えられない点。ホールにはマイクに集めきれない余韻や響きがある。と思う
1 曲ずつの印象は大阪ほど書けないかな


まず何よりも違うのは観客収容力。それからオケの準備が後ろに整ってあること。
あと、お家から連れて来たアップライトピアノ(笑)

5000 人って凄い。それにオケも入るから人間がかなり多いのは確か。小説『蜜蜂と遠雷』でオケの音を飛ばす場所を定めるために椅子の場所を移動させたり、人間が増えると音は吸収されるから調律の仕方を変えたりするという描写が在ったけど、そういう調整もされているのかな、とか角野さん自身も音の飛ばし方を変えたりしたんだろうか、とか色々考えた。

やっぱり直接行って聴きたかったというのが本音。実際に配信を聴いて一番音が綺麗に聴き取れたのはアップライトピアノだったかと思う。

弦が垂直に立っていて、グランドとは逆方向からハンマーが弦を叩くから、アップライトに接した壁に反響して前方に向かってくる音を拾いやすいのかも(?)

グランドだと響板が 45 度に向いていて音がその方向に飛ぶからマイクを入れても全ての響きは拾い切れない
――物理で、ボールが最も遠くへ飛ぶのは角度 45 度で跳ね上げた時みたいなことを習った気がするので、関係していたりしなかったりするかな(笑)

それに 45 度から跳ね上がった音が瞬時にホール全体に行き渡るだろうから響きも変わるはず
その点アップライトは90度に発せられた音が拡散して行く訳で、音の拡散面積がやや狭くなるイメージがあるから響きが変わりにくい気はする(?)


このコンサートでの衝撃はアップライトピアノとガーシュウィンのピアノコンチェルトだったかな。特にそれについて深めて書きたいと思う。

その前に、大阪公演と感想が変わったという胎動から。今回分かったこと。それは私は曲を覚えるのが大変遅いということ
訂正しなければならない。大阪で抱いた印象は薄かったのではない。聴いている瞬間は音の印象が言葉となって渦を巻いていたのにその他の演奏を聴くうちに初めて聴いた曲への感想が奥底に入って取り出せなくなっているという訳だ

―では何故追憶とティーン・ファンタジアは覚えていたんだと言われると困るのだが。記憶とは不思議なものである。

胎動ってエチュード 1 番の編曲だったよな。と思った時点でエチュード 1 番が頭の中に流れ出す。そうするともう新曲が思い出せなくなっている。実際、この感想を書くまでに胎動を 6 回聴いた(笑)

右手で一定の分散和音を奏でつつ左手で内声を出しながらという曲進行はエチュード 1 番そのもの。

目を閉じて音だけ聴くと涼しい顔で弾いているのが信じられない程の右手の細やかさと鋭い指さばき。

そして左手のメロディ。何かが始まる期待を抱かせながら、始まりは波が打ち寄せては引いていくような強弱変化。

中間部には角野さん特有のぽろぽろとこぼれ落ちそうな音の粒の集まり。スタインウェイを最大に活用して弾きこなしていることが分かる。

終焉に向けて静かに近付いてくる夜明けを思わせるコード進行。クライマックスは朝日が昇るような希望を感じさせる壮大な打鍵。

始まりのメロディに幾つかの和音が加わるだけで曲のもつエネルギーが変わる。音の響きの魔法だなと。練習曲としてのエチュードにはあまり見られない物語性を感じさせる。


そして、アップライトで弾かれたのは追憶・マズルカ Op.63-3・ピアノ協奏曲第 1 番 2 楽章(ショパン)の 3 曲。

まず、追憶から。そもそもグランドで演奏していた曲をアップライトで演奏するという点が違う。

ピアノの弦が目の前に在るし。打楽器と弦楽器の性質を併せ持つピアノを‘弦楽器’として扱う。弦を手で撫でて―引っ掻いて(?)弦本体の音を鳴らすって感じ。クリエイティブかつエキサイティングな奏法。

この感想を書いている今は大阪公演を聴きに行ってから 1 ヶ月弱経ってしまったから大阪では弦鳴らし奏法の部分がどんな音だったかを思い出すことは出来ないけれど多分低音を掻き鳴らしていたのだろうと想像。

この想定を前提として音楽を聴くと、低音を打楽器的に奏するのと比べて弦を弾き鳴らす方が不穏な雰囲気が引き立ちやすいのでは。と感じた。


続いてマズルカOp.63-3。大阪で聴いた瞬間弾きたいと思ったものの、マズルカという点が弾きたい衝動を踏み留まらせていたが、東京公演でもう一度聴いた瞬間弾きたい衝動が爆発。

次の日に楽譜を買いに行き現在絶賛練習中である。

そこまで衝動を高ぶらせた原因はもうアップライトで演奏されたということしか考えられない。

アップライト特有の音が内側に籠もったような温かみの在る音色。鍵盤に指を置いて羊毛が弦を叩く過程が感じられるかたかたという音。
弾く人の吐息さえ感ぜられるようなピアノとの距離。
アップライトの良さが際立つように静かで落ち着きのある音を創り出す。

音を聴いたら我慢できなかった。ショパン=哀愁のメロディ。音数は決して多くないのに、少ない言葉で想いを伝える当に音の詩人、ショパンそのもの。それがあのなだらかな音色と相まって流れ込んで来て

善くぞアップライトで弾いて下さいました。という感じ。(偉そうでごめんなさい(汗))

アーカイブだったためにあのシーンを角野さんがショパンの部屋をイメージして弾いていたというのはカンニングしちゃってた

それを知らなくても感じられるコンサートホールを忘れるような丸みのある音。
小さな部屋で密やかに鳴らされる一台のピアノ。空間にピアノと角野さんだけが存在している安心感。

追憶からの流れというのも堪らない。これまで弾いた曲を静かに反芻する記憶を音で表現した後に、心を落ち着けながら爪弾く。

ああ。何て良いんだろう


アップライトピアノで奏でた 3 曲目はショパンのピアコン 1 番 2 楽章。オーケストラの皆さんを見送った角野さんがアップライトピアノに向かう。

アンコール一曲目。静かな始まり
オーケストラの賑やかさ、華やかさから耳と心を引き戻す。波立っていた心が静かに凪いでいく。

古びたレコードをかけて過ごす麗らかな午後のひとときを感じるーすごい偏見だけど

粒の一つ一つが丸みを帯びていて柔らかさを持っている。アップライトのやや堅めな響きが音を光らせ過ぎず静かに流す。


遂に。このコンサートのクライマックス、ガーシュウィン ピアノコンチェルト in F

...とその前に...



手遊びで弾いたプログラムに無いアイ・ガット・リズムのお話。(笑)

最初の一音を鳴らしてみて。うーん……どう弾こうかな……思案中…音の設計図を組み立てちゅう……あ。弾いちゃった……みたいな。思わず…感

実を言うとあの始まりの数音が一番好きだったりする



1 楽章。オーケストラ。まず始まりが格好いい。打楽器の響きと管楽器の掛合い。弦楽器を巻き込んでどんどん盛り上がってきたところにピアノ。

ささやくような始まり。雨の中を散歩するような気怠げな曲調。そして急な曲調の変化。思わず踊り出したくなるようなリズム。遊び心のある角野さんはカデンツァでちょっと楽しむ。ドビュッシーの月の光らしきメロディが聴こえた(気がした。笑)

絶妙なタイミングでピアノが音を拾う。中間部はピアノの響きの中で弦楽器が歌う。ディズニー映画でプリンセスが王子様と出会うような感動。

からの一変する曲調。ガーシュウィンのこういうところが好き。予想の裏を突いてくる。だから背筋がぞくぞくするし面白い。曲を動かしたのはピアノの低音。ピアノが曲を進行させているのが分かる。

ピアノの小さな和音でさえ音符の組み合わせがお洒落。あの独特なリズムを楽しげに弾きこなす角野さんは本当に凄い。ピアノの入りが完璧。そこ!ってところで音が響いて来る。

ピアノとオケの対話が聞こえる。というかもう音そのものの対話。角野さんの音の魔術に絡み合うオーケストラ。お互いを引き立たせる音の重なり。思わずの拍手。

唯一残念だったのはどうしてもオケの響きの方が耳に届いてしまって、オケとピアノの連奏の部分のピアノが聞こえにくかったところ。

欲を言えば、角野さんの色をもうちょっと聴きたかった


2 楽章。大人な響き。管楽器のまろやかな音がメロディのブルース感を際立たせる。

ピアニカ登場。目を閉じて聴いていたらいっしゅん何の楽器か分からなくなった。この素敵な音、何だろうと思って目を開けたらピアニカだった。

吐息で音を創る楽器は総じて響きに妖艶さが漂うのが好き。ヴァイオリンも素敵。演奏者自ら音を構築する楽器だから特定の一音からずれるかずれないかの絶妙な響きで音楽が成り立つ、儚くも美しい調べがガーシュウィンのジャズにぴったり。

即興。ピアニカによるラプソディ・イン・ブルー。ピアニカの特徴、ピアノの特徴。2 つをかけ算して音楽に膨らみを生み出す。

曲調の変化を担ったのはピアニカ。ピアノでは出し切れない、一音の、息を活用した弱音から強音への勢い。ため息をつくようなアンニュイな音。

1 楽章とは違った静かな結末。一音を静かに飛ばす。


3 楽章。疾風の駆け抜けるが如く急激な開始。ピアノを打楽器として扱う響き。

思いもよらない曲展開が顕著。次に何が来るかが分からない楽しさ。次第に音で遊び始める角野さん。早く音を捕まえなければ逃げて行ってしまうと言うかのように。

もともと一つの曲であったと錯聴する自然な曲の組み込みと即興。クライマックスに向け速まるテンポ。次第にエネルギーを溜めていく。

オーケストラとピアノの和音の融合。低音から高音へ駆け上り空中で花火が舞うように音が弾ける。開場いっぱいに解放されたエネルギーが万雷の拍手と変わった。



画面越しでは味わえない音そのものの繊細さ


角野さんの音に対するこだわり


音を紡ぎ出す瞬間を目と耳で実感できる幸せ


周りの人間を音楽で世界に取り込んでしまうような包容力


音楽を奏でることを心から楽しむ純粋さ


混じり気の無い音の響き


煌めく高音


時に威厳のある、時にしっとりとした低音


コンサートホールでのアップライトピアノの響き


ガーシュウィンのコンチェルトのブルースやインプロヴァイゼーションにクルーヴ感



コンサートは麻薬だということも学んだ(笑)
ほら。聴き終わって暫く経つともう聴きたくなってくる。聴いてしまったらやめられない。



こんなにも幸せな時間を貰えること


音楽の楽しさを体現して貰えること


ピアノに向かう力を貰えること


私はこれからも音楽を聴き続け、弾き続けるんだろうな。


おすみ(2022.03.06)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?