
単純な勘違い
画像のテーマを使用した小説です。
僕は根暗な、アニメや漫画を嗜むステレオタイプのオタクだ。だからってメガネでチェックシャツをインしているような「いらすとや」で検索したら出てくるような、ザ・オタクでもない。まあ、メガネはかけているが。
大学では目立たない事だけを意識して暮らしており、友達もいない。高校時代からの付き合いで、親友と呼べる奴がいたが、最近自殺した。いいやつだったが元々メンタルがイカれてた。躁鬱の厨二病だった。喋り口調も妙に気取っているし、異常にテンションが高い時もあれば、全く学校に来ない時もあった。周りからは腫れ物扱いされていた。でも、そんな奴だからこんな僕と仲良くなれたのだろう。
葬儀にも、もちろん参列したが何故か「よかったな」とすら思えた。死体も綺麗だった。僕にそんな勇気はない。少しばかり奴が先に行っただけの事だ。
まあ、それより僕がどんな人間がについてだ。変な本ばかり読んで流行りの曲も聴かない。米津はハチだった時とアニソンのは少し聴く。もっぱら筋肉少女帯やら平沢進やらその辺を聞いている。
私服もいかに地味にいられるかの勝負だ。スニーカーだけはニューバランスと決めているが、後は黒ければなんでもいい。キャラもののTシャツもオタクにオタクだとバレるのがいやだから買わない。ground Yのチェンソーマンコラボはつい買ったけど。
割とこんなオタクっていると思う。このまま就職して、趣味に割く時間もなくなり、オタクの様でオタクではない何かに成り下がるのだろう。
そう思って暮らしていた。
前述した通り清く正しく地味な暮らしを心がけているというのに、一点だけ特殊能力めいたものがある。
「辛気臭いねぇ。また自分のような、君をわかってくれる友達を作りたまえよ」
困った事に親友の葬儀の後からずっとヤツが“視える”のだ。幽霊だ。つまりは霊視というやつだろうか。視えるのは親友だけだ。親友は躁鬱だったが僕は統合失調症なのかもしれない。
「五月蝿い……僕は元々独りが好きなんだ。君がイレギュラーなだけだ!というか、つい返事をしてしまうから学校では話しかけるな……」
「ほう?なら学校でなければ話しかけていいのだな」
「揚げ足を取るな!」
つい声を荒げてしまい、前の席の女性が怪訝な顔で振り返る。
「はは!見たまえよ、彼女の顔を!君、完全におかしい奴だと思われてるゼ」
僕は額の血管が膨れるのを感じながら無視した。結局家に帰っても、飯の時間も、風呂の中でさえも奴は付き纏ってきた。トイレだけはなんとか追い出した。
先程は「困った能力」と説明したが、自分が何かの能力に目覚めたというより、これは悪霊に付き纏われているだけだろう。
僕には除霊のチカラは無いし念の為、塩もまいてみたが奴は「あはは!君はモブサイコが好きだったな?よくやるな、今日から君を霊幻新隆とよぼうか?師匠がいいか?」と奴は腹を抱えて笑った。僕は屈辱に震えたがマツケンサンバを流したりファブリーズをかけたりも一応してみた。
「おい、悪役令嬢転生おじさんのEDは何故マツケンサンバなんだ……!」もちろん効果はない。
そんな日々が1週間弱続いたある日、奴は言った。
「君はさ、ここまでしても気付かないのか?」
「何を?」
「自分がこうしてここにいて君には付きまとう理由さ」
「知らんよ。何か見れんでもあるのか?僕は代わりにやってやったりしないぞ。自殺したのはお前なんだからさ。面倒くさい」
すると奴は僕の前に恭しく座って言い放った。
「自分は、君が好きだよ。それを伝えられなかった事が心残りなんだ」
僕は細い目を少しだけ大きく開いて、そして喉の奥が苦しくて言葉を詰まらせた。
「な、仮に……もし、そういう……事だとして、なんで自殺なんか」
「自分の躁鬱については君に話しただろ?これが悪い病気でね。鬱の時より躁の時の方が、希死念慮が強いのさ。はーなんて満ち足りているんだろう!!こんな朝に死ねたらとても幸せだ!ってね」
“好きだ”それは、言ってはいけなかった。僕と奴……佐藤あけみは友人だった。男女間で友情を育むのは難しい。でも楽しかった。マジョリティが知らない話を延々とするのが、カラオケでセリフが入っている曲を本気で歌えるのが、辺鄙な場所にある小さな映画館で上演時間ぎりぎりまで中には入れず路上でどんな話か予想するのが。
あけみは綺麗だった。化粧っけもなく、いつもド近眼の眼鏡で黒髪をボブに切り揃えていたから他の男どもは気づいていなかったけど二人で出かける時はコンタクトで「この方が映画酔いしないんだ」といっていた。
誰にも渡したくないから何も行動をおこさなかった。自分のものでもないけれど、それならば失わなくても済む。複雑な思いが絡み合って、僕らは決して、互いの想いを口に出さなかった。少なくとも僕はそうだった。
「君も同じ風に思っていたんじゃないかなぁ。好きなんて言わなくても充分、満ち足りた気持ちでいたつもりなんだよ?寧ろそれによって関係が壊れる方が怖いからね。だけどね、どうやらそれじゃダメだったらみたいなんだ。漸く言えたよ。ねぇ君が好きだよ。……明日は初七日なんだ。もう川をわたらなくちゃぁならない」
「そんな……言い逃げするつもりか……」
気づけば僕はみっともなく泣いていた。葬式では泣かなかったのに。いや、泣けなかったんだ。全部の感情に蓋をして、あけみがそれで満足しているならそれは幸せな事だと思い込もうとした。思い込んだ。でもそれは勘違いだった。
僕は喉がカラカラになるまで泣いて泣いて、あけみは透けた身体で僕を撫でる様に手を動かしていた。
いつしか眠ってしまい、朝の光で目が覚めた。カーテンも閉めず眠ってしまったのだ。
あけみの姿はどこにもない。声も聞こえない。
僕は2人が好きだった映画を観てそしてまた眠って、起きては映画を観た。気分を紛らわしたかった。
「今頃、三途の川とやらを渡っているのだろうか。」
僕は振り返る。
「勝手に人にモノローグをいれるな!そんな事考えてない!」
そこにはあけみがいた。
透けてもいない。まるで実態があるようだ。いよいよ僕はおかしくなってしまったのか?
「君は地縛霊ってしってるかい?知ってるよな、ダンダダン貸してやったろ。自分はどうやらそれの類になったようだ。君のつよ〜い想いのおかげでな」
あけみは僕を抱きしめた。甘いモモのような香りがした。
「さて、三途の川は渡れなかった。多分、君の半径10m位では実体化できる。さあ、どうする?君はさ、どうせ童貞だろう?」
あけみは困惑する僕を、潤んだ瞳で見つめたまま続けた。
「童貞じゃなかったら、殴る」
僕はあけみを狭いベッドに押し倒した。