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風が見える

 風の音。

 ゴーゴー、ビュービュー、耳元で。風が髪の毛を振り乱す。青い空と草原しかないような、広大な大地。高い山の尾根。

 そんな風景が、音楽を聴いているときに、見える時がある。コンサートホールで、風に乗って、ホールから違う世界に飛ばされる。

 初めてそれが起こったのは、ハンガリーから来日したプロムジカ女声合唱団の歌声を聴いた時だった。プログラム最初の、出だしの声で、いきなり、飛ばされた。一気に鳥肌が立ち、涙が止まらなくなった。コンサート中である。必死に嗚咽を噛み殺しながら、それでも耳は歌声を、頭の中では大平原に立って風を受ける自分を、感じていた。

 こんな世界があるのか!!と。

 当時、少し精神的に疲れていた。疲れていることに、気が付かないほどに頑なになっていた。それを、思いっきり吹き飛ばしてくれたのだ。

 あの時、頭の中に現れた風景は、忘れることができない。

 その後、たまに、そういう風と風景を、感じる音楽があることが、わかった。というよりも、それが見えてこない音楽には、「心から感動できない」のである。それがどんな音楽かというと、これがまた説明が難しい。「うまい」とされている方の演奏でも必ずしも見えるわけではない。

 風の流れ、空気の躍動感、吹き荒れる何か。

 多少音楽をやる私だが、そんな演奏が、私にはまだまだできない。ただ、勢いのある大きな流れを、しっかりとした風のような演奏をできるようになりたい、と思うのである。

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