《貴方以外何にも要らない》_『DESTINY 鎌倉ものがたり』感想・考察
堺雅人主演、妖怪大戦争を彷彿とさせる妖怪たちの世界、単列江ノ電の可愛らしさ、とても気になっていたのでやっと鑑賞できた。
平日の錦糸町楽天地のレイトショーは良い。人が少ないので落ち着いて視聴できる。今年の冬、改装してしまうらしいが、この古めかしさとのお別れだと思うとそこはかとなく寂寥感を抱いた。
原作は『三丁目の夕日』も手がけた西岸良平、『All WAYS 三丁目の夕日』と同様に山崎貴監督がタッグをとった作品だ。
鎌倉という昭和のレトロ感と現代が融合している不思議な場所、東京からさほど離れていないのに「ここは時間の流れ方がゆっくり」と亜希子が言ったように、不可思議さを保った街が舞台だ。
出演陣も豪華だ。主役に『半沢直樹』で一躍有名になった堺雅人と『とと姉ちゃん』や『過保護のカホコ』に出ている高畑充希。その2人が織りなす夫婦の空気感がとても穏やかで可愛らしい。
堺雅人演じる一色正和はしがないミステリー作家だが、心霊課という人魔を含めた事件の顧問も請け負っている。基本的に和装で、堺さんの着物姿の似合い方が尋常ではないので、堺雅人ファンは視聴して損はない。
高畑充希演じる一色亜希子は23歳という若さで正和に嫁入りし、人魔入り乱れて暮らす鎌倉に住むことになるのだが、いちいち動きがコロコロして可愛らしい。心の底から正和のことを慈しみ愛して甘えていることがよくわかる。肩に顎を乗せたりとかノックしているのにコンコンと言ったりとか。少しあざといかもしれないが、二人の肩の力の抜けた関係性だからこそ率直な行動が和む。まるで犬のような愛し方だと思った。
脇役にも正和の担当編集者本田に堤真一、お手伝いさんのキンに中村玉緒、死神役に安藤サクラなど、あげたらきりがないほど錚々たる面々が並ぶのでどのシーンも見応えがあり気が抜けない。さすがにまさかのムロツヨシまで出てきたときは思わず笑ってしまった。ごめんね、ムロツヨシさん。でも今回もナイスキャラでした。
ストーリーは難しすぎず、かといって夫婦の愛や縁を暖かに描いているので、妖怪が好きな子供にも、カップルにも、家族でも楽しめる内容になっている。
※以下ネタバレ有り※
妖怪の初登場シーンにはとても驚いた。何の気なしに出てくるものだから、亜希子と一緒になってぎょっとする。舞台となる鎌倉は人魔が垣根を超えて暮らしている様は奇妙だが、どこか親しみが持てる穏やかさは登場人物たちの気さくさゆえか。
そして黄泉の国(正確には正和が思い描く黄泉の国)はとても壮大で美しかった。アートコンセプトのイラストが見てみたいと思った。江ノ電が走るのは中国にある武陵源のような絶景の渓谷で、海の上に岩がそそり立っている。木造の建物が組み木のように重なり合いながら、天空の街を形成し、黄泉の人々は足元も覚束ぬ板張りを行き来している様は緻密で思わず引き込まれた。
もちろん妖怪たちのCGの豊かな表情もさることながら、夜市に並ぶ面を付けただけのような姿の魔物?でも、おどろおどろしい不穏さと同時に好奇心を刺激してくる情景は人の世と自然に融合していて興味深い。もしこんな世界があったらこうだろうな、という安心感があった。
誰かを愛するということは自己犠牲の上に成り立っているのが通説だろう。けれどここで描かれるのはうわべだけの理想論ではなく、自我(エゴ)としてのそれが描かれているように感じた。
前半の日常性を取り戻したいという願望が根底に存在して描かれている。その日常というものはお互いが本来の姿のままに現存できている状況であり、それを他者に歪められた場合、正和と亜季子は全力で奪還を図る。それはお互いが一致している望みであるのが如実に現れるのが、正和を人質に亜季子が脅迫されるシーンだ。亜希子は再び優等生な自己犠牲の選択を取ろうとするが、唇を噛み締めてしまう。それを口にできないのは亜希子の本心ではないからだ。
自我というものは厄介なもので、勝手に動き出し他人を攻撃しようとすることもあれば、素直に従っておかないと行方不明になる。手元にあったと思えば実は仮面を被っていたり、毛布
で隠れていたりする。悪戯っ子の子供のように我が儘で自分勝手で感情的だ。
そこで亜希子が言い淀んだのは、紛れも無く手放せなかった自我の存在を聡明にも感じ取っていたからだろう。もしあの場面で是と答えたとなれば、恐らく彼女は“一色亜希子”ではなくなってしまうだろう。
「貴方以外何にもいらない」と宇多田ヒカルの主題歌の歌詞にあるのが絶妙だ。
拒絶している一方で依存ともとれる融合を望むのは、たとえ繁殖のために作り出された概念だろうと、それに縋るからこそ現存できる証拠を形作らせる。所謂「出会わなければ」そのような状態にはならないのだが、今作の場合は平安の時代から決められていたことであるのであれば、逃げようがないのだ。恐ろしく手放すことを許さないが、どこまでも辿り着かせることができる。そんなものに振り回されてしまうのも、人生のおかしみの一つであるかもしれない。
2018.2.20 初稿