僕らはおじいちゃんの手のひらで踊る【サービスの良い店】1軒目
昨年、cakesさんで連載をしているときによく尋ねられたことの1つに「サービスの良いレストラン、教えて下さい」というのがありました。
実はこれ、答えるのがかなり難しい質問なんです。なぜなら、「サービスが良い」と感じるためにはいろいろなハードルがそこにあるからです。
まず、単に店とお客様の相性。お客様への踏み込み具合なんかは、人によって許容範囲がだいぶ違います。あんまりぺちゃくちゃ喋ってくるサービスに親しみを覚える人もいれば、そういうのをうっとうしく感じる人もいます。
次に、「良いサービス」というのはそもそも「違和感がないこと」という事実。それを実感するのはとても難しい。「なんかよくわからないけど、今日の店すごく雰囲気良かったね」が実際に良いサービスを受けた感想になるんですよね。
だから、「良いサービス」を言語化したところで、具体的に気付けるアクションがないと「何も特別なことしてくれなかったな」なんて思わせてしまいかねない。
むしろ変にハードルを上げることになっちゃうんです。結果として「なぁんだ、なんにもなかったね」なんて「良いサービス」を受けた実感が得られなくなってしまうこともありえます。
他にも「普段遣いの店とあまりに価格差がある場合に勧めづらい」や「ワインに特化している店だとワインに興味がないとオススメできない」などの理由もありますが、とにかくサービスの良い店を紹介するのは難しい。
それでも、サービスの良い店、接客の上手な店というのは存在します。
だからこそ、はっきりしておきましょう。僕の定義するサービスの良い店というのは、『接客』をしている店です。
(いや、飲食店ってどこも接客してるじゃん)と思ったかもしれません。ここでいう「接客」とは、そういう労働としての接客ではなく、技術としての「接客」です。
「接客」とは技術です。大企業は「接遇」を研修を通じて新入社員に学ばせてきました。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で、現場で学ぶべきものを吸い上げて習得させていきました。
試しに超高級ラグジュアリーホテルに問い合わせの電話をしてみてください。いつ電話しても誰が出ても、その受け答えは寸分のスキのない、見事なものです。それらはその電話対応をしたスタッフが特別すごいからではありません。技術として「接客」を習得した結果です。
「接客」というのは技術です。だからこそ、プロならば気づける接客というのはあります。僕はそれをご紹介していきたいと思います。
では、一軒目、いきましょうか。
☆ ☆ ☆
僕とお会いした事がある人は感じたかもしれませんが、(お酒が入らない限り)僕はプライベートではそんなに話す方ではないんですよね。
気のおけない人とご飯を食べに行ったら、ケータイをいじりながら過ごしていることもあるし、それで気になるトピックがあったりすると「これ、どう思う?」とたまに話を振るくらいの感じです。
もちろん僕は接客コミュニケーション術を身に着けているので、やろうと思えばその場をいくらでも盛り上げることはできると思います。
でも、仕事を離れているときには、傾国の美女と話すようなことでもない限りそんなに頑張りません。もともとの陰キャ体質とでもいいますか、あまりコミュニケーションにコストはかけない方だと思います。面倒というより、単に苦手。
その日は午前から仕事をしていて昼過ぎには終業した日でした。パートナーと待ち合わせて、インターネットで注文した電動自転車を地元のサイクルショップに取りに行きました。少しだけ温かい、小春日和でした。
自転車の受け取りの説明は結構長く、でも初めての電動自転車ということもあって「下手なことをして壊してはいけない」と一生懸命にスタッフの男の子の話を聞いていました。
朝から仕事をしたからか、説明を聞いててなんか疲れちゃったんですよね。帰りながら試し乗りをしたワクワク感もありつつ、そこはもう夕暮れ時。なんだか体の疲れを重く感じる時間でした。
「どこかでビール飲んで帰りたい」。僕は少しの勇気とともに言葉にしていました。あんまり僕はこういう主張をしないのですが、その日はどうしても誰かが入れてくれたビールを飲みたかった。
「じゃあ、あそこ行こうよ」。それは駅近くに最近オープンしたビストロでした。
オニオングラタンスープ、ウフ・マヨネーズ、アッシ・パルマンティエ。古き良きビストロの定番メニューがチラシに書かれていました。その内容を見て、「あ、これ絶対美味しいとこだ」と思ったのを覚えています。
文面からはシェフがフランス人の女性であることも分かりました。「日本風にいじることなく、現地のビストロの雰囲気をそのまま再現したいんだろうな」。そんな気概を感じました。
そんな良いイメージを持っていたお店だったので、「この時間からビールを飲みながら何かつまめたらいいな」と思い、向かうことにしました。
テラスが開け放たれた店につくと、他にお客様はいませんでした。モンマルトルの丘で絵でも書いていそうな、白髪に少しだけ黒が混じった無造作な髪型のおじいさんが「どうぞこちらに!」と案内してくれました。
「テーブルくっつけちゃいますので、広く使ってくださいね」。テキパキとセッティングを整理しながら僕らの席は用意されました。
「ビールはありますか?」と尋ねると「ございますよ!」。今は一種類だけとのことでそれを二人で注文しました。
「このキッシュ、一ついただけますか」ビールが運ばれる前に僕はオーダーしました。「はい!……シェフ!キッシュ大丈夫ですよね!?」
キッシュ・ロレーヌなら、と奥から聞こえてきました。ではそれで、と答えました。
ビールをおじいちゃんが運んでくると「キッシュ、お二人で分けますよね」と取り皿などを用意してくれました。僕らは乾杯をしました。ビール、美味しかった。
食べ物が用意されるまで、僕はいつものようにケータイをいじっていました。パートナーも。
すると、おじいちゃんが話しかけてきました。「失礼ですが……よくご一緒にお酒は飲みに行かれるんですか?」
唐突な質問に僕は答えていました。「はい、ふたりともお酒好きで。こんな時間からなかなか一緒に飲めるのは久しぶりですけれど」。
「いいですねぇ〜。いや、そういう関係はすごくいい」と、おじいちゃん。
すると、僕のパートナーが自分から「ここは演奏会とかもやってるんですよね。友だちに聞いて」と話し始めました。おじいちゃんは「今はこんな時期なのであまりやれてないんですが、次は一週間後にありますよ」と答えながら会話を続けていきました。
僕はパートナーに尋ねました。
「最初、なんでここ知ったんだっけ」
「ほら、チラシが入ってて」
「ああ、そうだったね。もともと別のお店が入ってたんだっけ」
……こんなやりとりをしているうちに、気がついたらおじいちゃんはいなくなっていました。
話が続いているうちに、手のひらサイズ以上もあるキッシュ・ロレーヌが運ばれてきました。ボリューミーに盛られたそれからはふんわりとした卵の香りが漂い、とても美味しそうでした。
「そのナイフだと切り分けしづらいので、よかったらこっちのナイフを使ってください」
おじいちゃんが少し頑丈なタイプのナイフを持ってきました。
僕が料理を切り分け、二人で食べました。チラシから感じた直感は正解でした。シンプルながら主食にもなり得るこのキッシュを食べながら「当たりだねぇ」と僕はパートナーにつぶやきました。その頃には、僕らはお互いの最近の出来事について細かいことまで話しながら笑いあっていました。
職場の失敗。家族の話題。これからのこと。
そのころにはビールは無くなってしまったので白ワインをグラスで頼みました。
食後もそのワインを美味しく飲みながら、色々と話しました。会計を終えて帰り道、「自転車の練習して帰る」と言うパートナーを見送りながら、僕は思いました。
久しぶりにたくさん二人で話したな、と。
そう思うと、ふふ、と笑えてきました。
僕は知らず知らずのうちに話すようにさせられていたんだな、と。
自分たちのケータイを見ている僕らに入ってきたタイミング。
僕らがお互い話し始めた様子を見て、さっと姿を消したこと。
さらには「イベントがあるときはこちらで告知してますから」とちゃっかり僕のパートナーとFacebookの交換までしてたな、なんてことまで思うと、「ああ、僕らは接客されてたんだな」と気づきました。
おじいちゃんの手のひらの上で僕らは踊らされていたんですよね。「ケータイなんか見てないでお互い楽しく話しなさいよ」って。
僕がレストランで働いていたときのこと。会話が盛り上がらないテーブルを見ると、タイミングを図ってはそのテーブルに入ってみて会話がつながったら去っていくようなことをしてたんですよね。おんなじことやられたな、という感じでした。
「してやられたな」という気持ちがありつつも「また行くだろうな」。そんなことを思いながら僕は気分良く帰るのでした。「接客」をされたあとの帰り道は、すごく心地よい。