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モノの歴史、本質に触れる話を聞くと、お酒のある時間が楽しくなる〜徳利を使った日本酒のマナー(諸説あり)
本当に何かやりたいと思っていて、自分を信じきることができるなら、向かっていけ。 邪魔しようとする人間の言うことなんか耳を貸すな。
大好きなリンキン・パークの今は亡きヴォーカリスト、チェスター・ベニントンの言葉です。
今日は自宅でメモを掘り返したり、本を読んだりして調べ物を整理していました。
こんにちは、文筆家のような生活をしている鵜沼です。
ボクがこのブログやSNSでの日々の発信で気をつけていることは
「役に立つように伝える」ということです。
時には”嬉しい”や”楽しい”の感情が高ぶりすぎて心のままに伝えることもありますが、本が好きなボクとしては”できるだけ役に立つ情報”として伝えて「読んでよかった」と思ってほしいんです。
だから裏付けされた事実や多方面から調べたこと、体験したことをできるだけ書いていきたい。
時には「そんなはずはない」と反対の意見やメッセージを頂くこともありますが「自分はそう信じていきたい」と思ったことも含めて書いています。
情報を発信するということは、そういうことだと思っているから。
この日本酒のマナーについてもそう言えることです。
その日は肩が窄むほど熱燗が似合う夜でした。
いつもお手伝いしているBARのカウンターに来られたのは初めてお会いするお客さま。
日本酒が好きらしく、いつも行く日本酒のお店の女将さんに聞いたお酒の注ぎ方のマナーのお話しをしてくださいました。
それは徳利(とっくり)のどこから注ぐのが正式(マナー)なのかということ。
徳利を見るとわかるのですが、注ぎ口が完全な円ではないんです。
ちょっと口が変形して何やら注ぎやすいような形になってます。
ボクは「注ぎやすいように」という職人さんの親切な造りだと思っていました。
ところがそのお客さまが文献のコピーを見せてくれながら仰るにはどうやら違うようなのです。
この徳利の注ぎ口は仏教の「宝珠」というものの形を現しているそうです。
宝珠とは思考の珠(たま)、意のままに願いを叶える珠のこと。
よく見るものに橋の欄干の柱などの装飾に使われている、水滴か、出来たてのお餅のような形をしている宝玉のこと。
(正確に言うと橋などに使われる場合は擬宝珠といいます)
この宝玉はお釈迦様の遺体やその代替物などを安置する仏教建築の頂点などに飾るものなのだそうです。
なので、宝珠の形を模しているのであるとしたら、注ぎ口らしきものが上になるようにするのが正位置。
お酒を注ぐ時には、この口の形のものは尖った方を上にして注ぐのが正式なのだと仰るのです。
この考え方をきちんと踏襲している徳利は、相手の方へお酒を注ぐ時に口の形が宝珠に見え、且つ、正面のデザインが見えるように、上に来るように模様やデザインが施されているそうです。
ワインも何を注いでいるのかラベル(エチケットと呼びます)が上になるように注ぐのが正しい注ぎ方とされているので、同じ意味なのだと思います。
お酒は身分の高い方の飲み物として扱われ、庶民に広がりました。
目上の方へお注ぎする時に”宝珠を捧げる”という縁起が良い器なのはもちろん、何かわからないものを注ぐのは暗殺などの危険もあるのでこういう造りが出来上がったのかもしれませんね。
と、ここまで書きましたが、調べると諸説あります。
「尖った方を上に注ぐのは、そこから注ぐことを仮定して毒を盛ったりされても安全なように」
「口の円が切れていることから「縁」を切るという意味に捉え、そこから注ぐことを嫌った」
「尖ったところから注ぐと”角が立つ”という意味になる」
などなど、たくさんあります。
最近はそういうことを知ってか知らずか、尖った部分が無いものの方が多いですし、単に注ぎやすいように注ぎ口をつくってあるものもあります。
確かに食器などで歴史がある工房のものは、こういった歴史を踏まえて造られているので食器の正面に対して裏の屋号やロゴが一定の向きで造られています。
時代の変化や本質の風化などにより、モノも多様化してきているんでしょうね。
モノの成り立ちや歴史、本質に触れる話を聞くと、お酒のある時間が楽しくなると思うのはボクだけでしょうか。
マナーとは「正しい」という概念で使われます。
ですが「正しい」とは”視点”や”時代”と共に変化していくものだとボクは思っています。
インターネットというものが出来て、情報が溢れている時代だからこそ
どの情報を取得し、どの情報を信じるか。
突き詰めれば、誰の情報を取得し、誰の情報を信じるかという一種の宗教性も含んでいるものだと思います。
信じすぎるあまりの宗教戦争のような対立を選ぶのではなく、日本の宗教観のように色々な価値観を大切にできる多様性を大切にしていきたいなと思います。
チェスターの言葉ように、肉体が無くなっても発した言葉が活きていけばいくほど「信じる」ことは増えていくから。
死ぬまでにそういう言葉を残せたらいいな。
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