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共感するのも考えものだ
どうもシーズン野田です。いきなりですが、脚本家・坂元裕二が好きだ。
坂元さんといえば「カルテット」。
あまりに素晴らしいドラマで、それまでは一本も見たことがないのだけれど一気に好きになった。ドラマそのものに再び興味を抱くきっかけになった。
先日、NHKプロフェッショナルで特集されていたのが坂元さんだったのでみないわけにはいかない。
テレビに出ることはない脚本家の創作風景。自分はクリエイターの作る姿好きでyoutubeなんかでもよく見ている。
なんか、自分が作ってないのにやった気になるんだよね。
番組で、坂元さんから吐き出される言葉や、創作に向き合う姿を見てると、ほんとそうだよな〜というものばかりで大変共感した。
1日机の前にいて1ページも書けない姿。
10の人を100にするのではなく、マイナスの人をせめて0にするような作品にしたいというかっこいい言葉。
執筆に行き詰まり、ゲームをやってしまうおちゃめさ。
そんな創作の苦悩がちりばめられていた。
「うんうんわかるわかる。創作って大変だよね。」
でも、ふと、これは「嘘の共感」なのではないかとはっとしたのだ。
坂元さんは、毎日奥さんと交互に欠かさず娘のお弁当を作っている。
どんな酔っ払って帰ろうが欠かすことがないという。
整然と並んだ本棚。仕事部屋だって綺麗なものだ。自分の部屋とは大違い。
そして何より、その偉大な功績。。。。
全然違うやないかーーーーーーい!!!!
なにを一緒になって表現者ぶっているのだろう。
創作の中で起こる、甘美な退廃にばかり共感し、ダメな自分を肯定する。
求めている言葉にだけ目を向け、自分が崩れた時の「まぁ、坂元さんも迷ってたししょうがない」という予防線的な回路を成熟させているに過ぎないではないか!!!
ああ、自分がダメなのはこういうところだ。
そして、人の作品をあーだこーだ言って何もやってない人にだけはならないようにしようと誓うのであった。
やっぱり人がものを生み出そうと努力してる姿が好きだ。
良くも悪くも自分を省みる。