マジカルフィンガー「マグリット」
おっさんに指を入れられグリグリっとされた肛門が疼く昼下がり。
グリグリというより、GRIGRIの方が近い。なんとなく日常から分断された感覚が宿ったからかもしれない。おっさんからすればそれは地続きの世界で起こる些細なディティールに過ぎないのだが。
その日もおっさんは、慣れた手つきでゴム手袋をパチンとはめ「パンツを下げて横になってください」と言った。やがて、肛門に指を突っ込んだ。
おっさんは肛門科医である。自分は、最近痔がひどく、このおっさんの元へやってきたのだ。
「ひだがでちゃってるね。ここもだな。2箇所ありますね」
と無感情なおっさんの声が背後から聞こえる。
「痛いですか?」
「いや痛くは・・・」
「・・・あのすいません。ちょっとつかぬ事をお聞きしてもいいですか?」
つかぬ事?
けつの穴を広げられ、肛門に指を突っ込まれた状態で「いやです」とは言えない。
「もちろんです」
「よかった。あの・・・あなた最近好きな人がいませんか?」
まさかのつかぬ事に、一瞬言葉を失った。
「変なこと聞いてすいません。でもどうしてもお伝えしたくて」
「ああ、いや・・・何でわかるんですか?」
そう問いただすと彼は恥ずかしそうに言った。
「私、実は肛門に指を突っ込んでグリっとすると、その人のことがだいたいわかるんです」
「だいたいわかる?」
わかるだけならまだしも、だいたいわかるときた。当てずっぽうでも当たりそうな内容ではあるが、人の肛門に指を突っ込みながら言うくらいのことなのだ。よほど確信があるのだろう。
「いや、まぁいるっちゃいるけど。え?いや。魔法ですか?」
疑いのニュアンスを含ませて返答するとおっさんは真面目に、
「魔法と言われればそうですね。何人もの肛門に指を入れながらグリっとしていると、だんだんと見えるようになってきたんです」と言った。
「見える?」
彼曰く、頭に情景が浮かび上がると言う。まるでシュールレアリズムの絵画のように最初は繋がらない様々な断片が立ち現れ、それが何となくつながりを帯び始めるのだ。
「最初は戸惑ったんですがね、今じゃ、痔でも何でもない人が『グリっとやってくれ!』と来るようになりました」
魔法のグリっと・・・魔グリっと・・・私は心の中で彼をマグリットと名付けた。
最近じゃマグリットは、未来も見えるようになってきたと言う。
「聞きますか?あなたの未来?好きな人とうまくいくかどうか」
「え・・・わかるんですか?」
彼はこくんと頷いた。正確には自分の背後にいるので、頷いた気配がしたと言うべきだが。
「いや、やめておきます」
「う〜ん。そうですか。とりあえず少しでもあなたの未来がよくなるようにお薬を出しておきますね、強めの」
その日の晩、肛門に薬を注入しながら、あーなるどうなると、自分の未来のことを考えた。自分は結婚するのだろうか?便器に毎日現れるの方の血痕でケッコンの方は間に合っている気もする。子供がいる人の方が長生きするらしいが、ならば自分はこのままだと早く死ぬのだろう。長生きしたって、一人死でいくのがオチだ。だったらなぜ痔を治すのだろうか。
少しだけ肛門が疼いた。マグリットならばきっと、その疼きにも何かを見出すはずだった。一体何を意味しているのだろうか?シュールレアリズムの絵画のようなその断片に想いを馳せる。もしかしたら彼女からのメッセージかも?と思ったが、肛門を疼かせメッセージを忍ばせる女はやばいに決まっている。
マグリットに見てもらえばよかったかもしれない。もう少し早く諦めがつく可能性だってあったのだ。
(文:ケツの穴太郎 絵:ルネ・マグリット)
※上記のマグリットの絵画をモチーフに書きました。