自衛隊から企業総務としての働き方、キャリア形成の仕方(no.20)
プロフィール
加藤 聡さん
現職:東証一部上場企業 総務
自衛隊在職時最終役職:航空自衛隊1等空尉
経歴
ーー本日はお忙しい中、退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、加藤さんの経歴を教えていただけますか。
加藤さん:防大を卒業後、航空自衛隊に配属。航空機の整備幹部として、約7年勤めた後、30歳で退職しました。
それ以後、主にIT業界で、営業を約4年、総務を約4年経験し、計8年間で6社経験、スタートアップ企業から上場企業と、ステージの違う会社で勤務した経験があります。今は、上場企業の総務で勤務しています。
ーーいろいろな会社を経験されていますね。まず自衛隊に入隊された背景と在職時の職務内容を教えていただけますでしょうか。
加藤さん:中学生1年の時に映画の「紅の豚」を見て、小型飛行機で空を自由に飛ぶ姿に自分も同じように空を飛びたいなと思ったことがきっかけです。また、同時期にロック岩崎さんというアクロバット飛行をしている人のドキュメンタリー番組を見て、その人が航空自衛隊戦闘機出身のパイロットであったため、私も航空自衛隊を目指そうと思いました。
そして、防衛大学校に入り、航空要員にはなりましたが、残念ながらパイロットにはなれなかったものの、航空機整備幹部となりました。
幹部自衛官として、現場に出てからの職務内容は、部下整備員や他整備部門と調整し、整備しながら、パイロット側が必要な機体を準備しパイロットに提供する業務になります。実際に機体に触ることはなく、調整役として現場を支えるという立場で仕事をしています。
航空自衛隊部隊改編経験により鍛えられた調整力
ーー現場を支えるお仕事だったのですね。自衛隊在職中の思い出・エピソードを教えていただけますか。
加藤さん:思い出深いエピソードは、2つあります。
ひとつめは、部隊改編の業務に携われたことです。当時所属部隊では、旧式のF4戦闘機を配備しておりました。その中、F15戦闘機の部隊に移すという部隊改編事業がありました。私はエンジン小隊長として、新しい事務所の設計やテストスタンド(エンジン試運転施設)設計など大きな事業に携われました。
部隊改編ってすごい大変なんです。仕様の違う航空機を扱うことになるため、専用の格納庫を作ったり、およそ2年間かけてOJTで部隊整備員も教育しますが、そうした教育計画を行いました。
関係機関も多く、自分一人で決められないことも多々あります。その場合は、幹部が調整しますので、モノ調達や予算等、通常のフローで申請をしても時間が掛かりすぎて間に合わないことは、所管の補給処に直接出向いて調整したり、空幕の担当者へ直接連絡したりと、対応も大変でしたが、プロジェクトを立ち上げ、円滑に遂行するための要素を幅広く勉強できました。
ふたつめは、官製談合による影響で什器備品調達が滞ってしまう可能性があったプロジェクトにおいて、それを回避し成功を収められたことです。
当時、所属基地にて新しい整備格を作る事業を携わっていました。半年後には新しい所に移るというタイミングで、ある補給処が官製談合で叩かれ全国的に調達業務が停止。什器備品が入ってこない可能性があるという事態に陥りました。
とはいえ、移ることは決まっており、止めることはできません。粘り強く交渉をして、情報収集をしていたところ、必要性を明確に示せることが出来れば例外的に認める連絡がありました。
調達はほぼ不可能で移転にも影響が出てしまうというぎりぎりのタイミングで、本部から譲歩があり、部下3名と約3日間、夜中まで必要性を示す資料を作成し、要望書を提出しました。結果、数百あった事業のうち、私が係わった事業含むいくつかは例外として認められ、業務に支障なく移転出来ました。
まさにギリギリのラインだったため、部下と達成を喜びました。業務が滞っていれば、現場が1年は動かずに全体の任務にも影響を及ぼすところでしたが、部隊改編の粘り強い交渉経験を生かした調整と部下の高い熱量、やる気が良い結果を生み出すことができたと思います。
ーー転職に関してですが、なぜ自衛隊から民間企業へ転職されようと思ったのでしょうか。
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