犬と猫の慢性腎臓病におけるタンパク質制限食について
※本記事は獣医師・愛玩動物看護師向けの記事です。
漠然と、犬も猫も慢性腎臓病(CKD)になったら腎臓療法食、と思っていた。
犬猫の腎臓療法食は、低タンパク質、低リンの2つが予後に影響する特徴という認識だが、各々にどれくらいのエビデンスがあるのか、具体的には全然知らない。
そこで今回は、食餌中のタンパク質制限について、調べました。
リン制限についてはまた今度。
猫編
IRIS Treatment Recommendations for CKD in Cats(2023)
まずはIRISから。
2023年に改定された猫のCKD治療ガイドラインには、タンパク質制限の記述はない。
2016 IRIS stage 2-4の猫における腎臓食についての議論 反対意見
Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2016 Nov;46(6):1067-94.
PMID: 27593575
猫におけるタンパク質制限など各栄養素についての2016年時点のエビデンスがまとめられている。
重要なのは、CKD自然発症猫におけるタンパク質制限単独の臨床試験はない、という点。タンパク質とリンがどちらも制限された腎臓療法食での臨床試験はあるが、タンパク質制限のみで評価されていない。
タンパク質のみを調整した論文は2報のみとのこと。
1報目(Adams et al., 1993)では、高タンパク食により腎臓病の病理学的な進行がみられたとするが、①実験的に腎摘でCKDにした猫での研究 ②カリウム含有量不足で低カリウム血症になった などの問題点がある。
*高タンパク食(51.7%)、低タンパク食(27.6%)
PMID: 8250390
2報目(Finco et al., 1998)では、高タンパク食群で体重が維持された一方で、低タンパク食で体重が減少した。GFR、血清Cre、病理学的変化に有意差はなかった。
*高タンパク食群(9g/kg/day)、低タンパク食群(5.2or5.3g/kg/day)
PMID: 9582959
低タンパク食は蛋白尿を減らすか?
という疑問に対するエビデンスもまとまっている。
猫において、先ほどの一報目(Adams et al., 1993)では高タンパク食群で蛋白尿と低カリウムが高度であったが、低カリウムを改善したら蛋白尿も改善した。
先ほどの2報目(Finco et al., 1998)では高タンパク食と蛋白尿との関連性はみられなかった。
(Ross et al., 2006 )では自然発症のCKD stage 2-3の猫で、腎臓療法食(タンパク質やリン制限など)と維持食で蛋白尿に24ヶ月後も差はみられなかった。
しかし、腎臓療法食で尿毒症の発症は有意に少なく(0% vs 26%)、腎臓関連死も有意に少なかった(0% vs 23%)
私見だが、療法食開始時点のBUNに有意差があるためバイアスがあるかもしれない。
(腎臓食群 40.9 mg/dl 、維持食群 49.1mg/dl)
*腎臓療法食(protein:29%(23%ME:metabolizable energy))
維持食(46%(35%ME))
24ヶ月後のUPC(腎臓療法食:0.21、維持食:0.26)
PMID: 16978113
CKDの猫におけるタンパク質制限の必要性を支持するエビデンスは不十分としている。
猫は完全な肉食動物であるので、基礎タンパク質要求量が他の動物よりも高い。他の利点のために腎臓療法食を食べていて体重が減少傾向なら高タンパク食も考慮すべきだ、と結論付けている。
2016 IRIS stage 2-4の猫における腎臓食についての議論 賛成意見
Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2016 Nov;46(6):1049-65.
PMID: 27485277
賛成意見側には腎臓療法食の有用性が述べられているが、やはりタンパク質制限の有用性はハッキリしていないようだ。
腎臓療法食の目的は、主に4つ
①CKDの臨床結果の改善/尿毒症の予防
②CKDの進行抑制/生命予後の延長
③電解質、ミネラル、酸塩基平衡異常の低減
④十分な栄養を補う
このうち、主にタンパク質代謝産物の蓄積による尿毒症症状の軽減のため、タンパク質制限が行われてきた。また、タンパク質にはリンが含まれるため、タンパク質制限はリン制限の方法にもなっている。
一般に、高齢猫は若齢猫よりもタンパク質要求量が高くなるため、腎臓療法食では体重、BCS、筋肉量が徐々に減少してしまうCKDの猫もいる。
高タンパク食の導入については、①高タンパク食の必要タンパク量が定まっていないこと、②非腎臓食でタンパク質を補おうとすると腎臓療法食の他の良い点を失ってしまうこと、などが懸念される。食餌はタンパク質だけでなくトータルで考えるべきで、腎臓療法食と腎臓療法食+高タンパク食を比べた臨床研究が必要と述べている。
筆者の食餌中タンパク質に関する見解は、
とのことだ。
犬編
IRIS Treatment Recommendations for CKD in Dogs(2023)
犬のCKD治療ガイドラインには、タンパク質制限の記述はない。
2008 ペットフードの安全性:食餌中のタンパク質
Top Companion Anim Med. 2008 Aug;23(3):154-7.
PMID: 18656844
Polzin et al., 1983 PMID: 12002590
Polzin et al., 1984 PMID: 6711979
Polzin et al., 1988 PMID: 3339859
など、CKDモデル犬における食餌中のタンパク質制限の効果を検証した論文がある。しかし、昔の論文であること、同一著者が同一の実験系を評価していること、CKD自然発症犬でないことから、解釈には注意が必要である。
高タンパク群(44.4%)、低タンパク食(17.2%)、超低タンパク食(7.2%)に分けて40週間給餌、死亡率などを調査している。
高タンパク群で死亡率、BUN、イヌリンクリアランスが高く、超低タンパク食でアルブミンが低下、17.2%群より死亡率は高かった。
高齢犬では、タンパク質の要求量が50%増加する。
腎臓に問題のない高齢犬では、4年間高タンパク質食にしても腎臓に問題はみられなかった。
*高タンパク食(dry:34%,wet36%)、低タンパク食(dry:18%,wet22%)
犬において、タンパク質と腎臓病の進行に関してハッキリとした結果はでていないが、タンパク質とリンを制限した食餌では、有意な結果が出ている。
自然発症のCKDの犬に、タンパク質、リン、ナトリウムなどを調整した腎臓療法食と維持食を24ヶ月給餌したところ、療法食では腎機能の低下が抑制された。また、尿毒症の発症や死亡率も低下させた。
*腎臓療法食群(タンパク質:14%(12%ME)、リン:0.28%、ナトリウム:0.17%)
維持食(タンパク質:25%(23%ME)、リン:1.00%、ナトリウム:0.40%)
24ヶ月後のBUNは、療法食:68±8 mg/dl、維持食:99±10 mg/dl
尿毒症の発症リスク比:0.28(95%CI:0.11-0.74)
腎臓病による死亡リスク比:0.31(95%CI:0.12-0.79)
PMID: 11990962
臨床症状のあるCKDの犬においては、食餌中タンパク質量を18%(乾量基準)以下、9-16%(ME)にするのを推奨。
健康な高齢犬では、カロリーの最低25%(約7g/100 kcal) をタンパク質で摂取するべきとしている。
2018 CKDの犬における食餌ガイドライン
複数の筆者が編集したガイドラインではなく、獣医栄養学の専門医が一人で記載した記事である。
犬において、自然発症のCKDでタンパク質制限のみを評価した研究はなさそうだ。
蛋白尿による腎臓の負荷をタンパク質制限によって低減できるかはよくわかっていない。
遺伝性腎症の犬が高タンパク食または低タンパク食を摂取すると、平均UPCは各々4.7と1.8であった。しかし、低タンパク食群はアルブミンおよび体重の減少がみられたとある。
*高タンパク食(34.6% DM)、低タンパク食(14.1% DM)
(タンパク量は記事内容と異なる、論文より抜粋)
PMID: 15058767
蛋白尿のある犬においては、タンパク質摂取量の調整を考慮してもよい。例として、高タンパク食を摂取している犬ならば、評価しつつ調整しながら、現在のタンパク質摂取量から25-50%低下させると大幅な改善が見込めるだろうとしている。
CKDの初期段階の犬は、重度の高窒素血症の犬よりもタンパク質制限をゆるくしてもいいだろうとのこと。
ペットフードメーカーの考え
ロイヤルカナン
今まで読んだ内容を簡潔にまとめてくれているように思える。
犬猫の腎臓サポートのタンパク質量をまとめた。
*乾物量ではないため注意
Hill's
犬はタンパク質制限の記述があるが、猫ではタンパク質に関して触れられていない。
犬猫のk/dのタンパク質量をまとめた。
まとめ
犬も猫も自然発症のCKDでタンパク質制限の効果のみを評価した論文はない。
タンパク質とリンが制限された腎臓療法食を用いた研究では、尿毒症症状の予防や予後改善のエビデンスがある。
必要なタンパク質制限の程度は犬と猫、IRIS stageで異なっているが、最適な程度はわかっていない。
犬では、タンパク質制限は初期には必要ないが、CKDの進行につれて制限することで予後改善に繋がりそう。
猫では、タンパク質要求量が他の動物よりも高いため、タンパク質制限の有効性は明らかではない。しかし、進行したCKDでは制限することで予後改善に繋がりそう。
感想
調べる中で、タンパク質制限単独のエビデンスは殆どなく、リン制限も含んだ腎臓療法食のエビデンスが多いことがわかった。
メーカーごとに成分の表示単位が異なり、論文でのタンパク質量も単位がバラバラなため、IRIS CKD stage ◯ではタンパク質を◯%(乾物量)に制限するのがよい、などの記述は難しく、個々の症例に合ったタンパク質量を考える必要がありそう。
タンパク質制限は初期のCKD(IRIS stage 1-2?)ではカロリー不足で体重が減るリスクがあることがわかった。制限しない方がいいのかもしれないし、した方がいいのかもしれないが、腎臓療法食の論文を読んでから適応を考える。
stage 3-4では、尿毒症症状、体重、BUN、アルブミンなどを評価しながら、腎臓療法食を使ってタンパク質制限の程度を適宜変えるのがいいのかもしれない。タンパク質単独では増減できない(特に減らせない)ため工夫が必要だが、嗜好性も考慮しなければならないため難しそう。リンやその他栄養素を検討していないため総合的な評価ではないが、ロイヤルカナンはHill'sよりもタンパク質制限が強めだと感じたので、腎臓療法食の開始時はタンパク質だけ見ればHill'sの方がいいのかも。