名もなきコメディアンの言葉
私は、夫と同じ部屋で絵を描いたり、PCをいじったりしている。こうして、noteを書いているのも、そう。
夫はずっと、仕事をしながら英語でラジオを聞いている。私も、耳には入ってくるけれど、内容は集中しないと理解できない。だから、何を話しているか、ということはあまり意識しなかった。
その時はたまたま、タイ人のコメディアンが話していた。イギリスで活動しているとかで流暢な英語だった。夫はこの人のファンのようで、結構頻繁にラジオを聞いていたらしい。このタイ人は、今日でそのラジオをやめ、芸能界を引退しタイに帰るようだった。
その人は、「最後になるけれど僕から全然おもしろくない話でもしようか」と言って話し始めた。
「僕は、イギリスに来たとき、ハロー以外の言葉はなにも話せなかったから、それが辛かった。仕事はなかったし、食べると言ったら友達と一皿のフレンチフライを分けなければならなかった。人よりたくさん食べちゃいけないなんて気にする性格じゃなかったのに、そのときは友達の顔色を伺いながら、でも1本でも多く食べようとしていました。」
「でもそんな話はどうでもいいんです。いま、そういう状況にある人に伝えたい。もし、あなたがいま、とても弱い立場にあって、やりたいことができない場合、あなたにできることはほとんどないです。それは、事実で、悲しいことだけど受け入れなければならない。」
「でも、そんなあなたにひとつ、できることがあります。それは、とにかく精一杯のことをすること。一日が終わったときに、今日は一生懸命生きた、と思っていてください。そしたら、必ずいつか、変化は起きる。どこにたどり着きたいか、どんな高みに行きたいか、そんなことは今は考えないでください。ただ、毎日を精一杯生きるということだけ、それだけに集中してください。」
「信じられないかもしれないけれど、そうやって生きていると、驚くほど楽しくなります。なぜなら、自分の過去を後悔しなくなるから。後悔をしないと、思い残すことがないから、ただ、これから来る未来が楽しみになるんです。信じてください。僕は、これを伝えるためにコメディアンになりました。」
私は手を止めてじっと聞いていたけれど、慌てて、メモし始めた。夫が「大丈夫、録音してあるから、後で一緒に翻訳しよう」と言った。
わたしは、この瞬間に立ち会えて本当に良かったな、とおもった。この人のすごく長い旅路の、本当に最後の瞬間だけつまみ食いした形だけど、それでも、立ち会えて本当に良かったと思います。タイに帰ったら家族とゆっくり暮らすのかな、幸せにしていてください。
注意書
この「精一杯生きる」というのは、なにも何かをする、ということばかりではありません。状況によっては、一生懸命休む、ということだってあります。
もし昔の私が、この放送を聞いていたら「じゃあ、なにかしないと。布団で寝ていてはいけない。仕事を休んでいてはいけない」なんて思ったと思う。でも、そうじゃないです。
健康な人は、この放送を聞いて一生懸命何かをしてみてください。でも、今そうじゃない人は、一生懸命休んでください。そして一日休んだあとに、「今日も精一杯休んだなあ!」と思っていてください。