[ショートショート]森から聴こえる
ひとしくんに貸したお金はいくらになるっけ。
リップクリームを塗りすぎたから、気を付けていないと長い髪がいちいち唇に張り付く。剥がしても剥がしても、風が吹けばまた、髪を食べる。
多分、もう、3万円くらい。最初に1万円貸して、次に2万円。そうだ。そうだった気がする。
「3万あったら何買うかなあ。」
髪が張り付いてもう諦めた口で、声に出して言ってみる。
今日、好きな小説を捨てた。本の捨て方がわからないみのりは、コンビニで捨てる。本を紙にくるんで、ビニール袋に入れてしっかりと口を縛る。徒歩5分のところに、外にゴミ箱を置いたコンビニがあるので、そこを使う。車が停まってたりするとなんだかすごく悪いところを見られてるみたいだ。
5冊捨てたから、冷凍たい焼きを5つ買って帰った。
帰ると家の前にひとしくんが立っていた。
どうしとった?
捨ててきた。
ひとしくんは、何を?と言うように首を傾げて、それですぐに真っ直ぐに向き直った。ひとしくんはいつもそうだ。言うこともやることも途中で終えてしまう。終えてほしくない私からしたら、
中はいる?
そうだね
手がかじかんで鍵穴にうまく刺さらない。ひとしくんは、大きな体であたしに覆いかぶさるみたいにして鍵穴をみている。
まずはできるだけしてみて、そこからゆっくり消したり足したりしたら。別に最初からいいようにせんでも。
あの日、ひとしくんは明かりのない部屋で私にいった。ひとしくんは毎日、森で木ぃ切ってるだけでしょ。私が書いてるのの、なにがわかるの。あれが確か、最後だったと思う。
足の先だけあったかいのんって、気持ちわるくない?
気持ちいいよ
ひとしくんはこたつに足だけ突っ込んだまま、みのりが上に乗って、した。
しながら、最近医者に、何か楽しみはありますか、と聞かれたことを思い出した。
すき焼き、しん?
下、はきいな。
具ぅ買ってきた。
パンツ。はきいな。
マッコリも
すき焼きと合うん?
もったりして甘いから、合うよ。
そうかなあ
食べる前にお別れの話をされるのは、慣れている。ひとしくんは、みんなと違うと思ってたけど、やっぱりそうなんだね。いままでの、といって金を出して、食べて帰るんだろう。
私はなんてバカなんだろう。
ひとしくんの声がする。
これ、いままでの。
ほらきた
これで、ちゃらにしてほしいんよ。
握った手を開いて、こたつの上に指輪をカラン、と落とす。
それは、すき焼きの明かりを映して、宝石なんかないくせに確かに光っていた。割り下がブツブツと泡立つ。もう火はとっくに通ってしまって、早く食べないといけないのに。
ひとしくんは、手が大きいから少し苦労していた。指の先でつまんで、それで、マッコリの上に持ってきた。グラスの中にポトリ、といれる。
よかったら、最後まで飲んで。
指輪はまだ冷えているマッコリの中にするすると沈んで、簡単に見えなくなった。
(1163字)
◇
ピリカさんの企画に参加してみました。
小説限定なのだそうです。これが小説と呼べるのかわからないくらい普段本を読まない(最近、山田詠美さんを知った、というくらいのレベル)ので、書きながら困りました。今年はもうちょっと読書してみようかなと思います。
3日までだそうです。皆さんも是非!