丸くて小さい幸福を求めて
私は、私の書く文章がなかなか好きなのかもしれないなって思うようになった。それは絵と比べて。絵は自分で見返したりしないけど、文章はもう一度読んでみることがある。
昨日の夜にドーナツを食べた。私のドーナツは穴が開いてなくて小さく丸いやつ。それには、理由がある。
母さんが小さいころ、気まぐれに(本当に気まぐれに)1回だけドーナツを作ったことがあった。律儀に道具を買い込んで、あの丸い型抜きも2種類。ドーナツと穴の大きさで買って、生地に穴をあけた。
嘘。うちの母さんはそういうことはしない。お椀でドーナツをあけ、小さい麦茶用のグラスで穴をあけた。そしてイースト菌を入れたのだから、揚げるととんでもなく大きい、夢みたいなドーナツができたものだった。あの時ばかりは、母さんが世界で一番だ!とそう思った(今もそう思っているけど、あの時ほどの衝撃を伴ってはいない)
その時に、母さんはドーナツをたくさん作らないといけない、と思い、穴を穴だけで集めてこねなおしていくつかドーナツをこしらえた。そして、穴は2個だけ余った。それを丸いまま小さく揚げた。
噛みつけないほど大きいドーナツには姉がこれでもか、というほどシュガーをまぶした。そういうのを「甘くし過ぎないで」という人はいなかった。たっぷり振りかけて食べれば、大きなドーナツもあっという間になくなった。
皿には小さくまるいドーナツが2つだけ残った。母さんはそれを見た瞬間、憂鬱そうな顔をした。「子供3人で2つはだめだわなあ」そういってももう遅い。喧嘩が始まる。周りにぐるっと砂糖をつけ散らかした姉の口が壊れたスピーカーのように爆音を巻き散らかした。つまりは、私が2つとも食べてしかるべき、という話だった。
私も負けなかった。ドーナツがかかっているのだ。先ほどまで大きなドーナツをいくつも重ねた幸福な光景は、どこかへすっ飛んでしまった。弟はまだ先ほどの残りを食べていた。自分も仲間に入ろうとして、急いで詰め込んだために参戦できないようで目をぐるぐるしていた。
あと2つ。小さいんだから、これくらい私にちょうだいよ。これくらいって思うんならあきらめなさいよ。とりあえず、もう食べていい?だめ!!
そんなことを言っていたら、リリーが来た。当時飼っていたミニチュアダックスフント。彼女はうつ病で(犬もうつ病になる)、自分の子供を噛んでしまったりご飯を食べるのを拒否したりするのでみんなを心配させていた。
彼女がぴょーーん!と跳ねて、ダイニングテーブルに乗り、さっと風のように降りた。ドーナツはなかった。リリーを見ると、口元には何もなかった。噛みもしなかったようだ。
あっけにとられて、3人とも。ただ砂糖だらけの指をTシャツで拭いていた。
母さんは鼻歌でも歌いながら片づけをしていた。
私は、白いつるつるの大皿にあのドーナツがいくつも積み重ねられた光景や、リリーのことをすっかり忘れて無我夢中に食べていた3人のこと、料理をしない母さんの気まぐれもすべて含めて、あの小さなドーナツをいまだに惜しがっている。
だから(話は長くなったけど)ドーナツは絶対丸くて小さい派だ。