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この世で独りになるのは、案外むずかしいもの

今日、知らん顔をしてたらこスパゲティを食べた。なんだかすごく久しぶりな気がする。あの、麺の匂いと色が圧倒的に残ったままの感じがすきだ。うすピンクとアイボリーがかわいい。


そのあと、さらにカモフラージュのためにシシャモを焼いた。シシャモは私はとても好きな食べ物で、揚げてあるものや揚げてマリネにしてあるものよりも、シンプルに焼くのが一番おいしいと思う。


魚焼きグリルで焼くのではなくて、ふつうにフライパンで焼く。ごま油ですこし唐辛子を炒めておいて、そこで裏、表、裏、とこんがり焼いたら食べる。だれにも、今夜のことはバレていないと思う。


今夜のこと、というのはエッチな話ではなくて、ひとり焼肉だ。


ひとり焼肉というのは、一般的にはひとりで焼肉屋さんに入り、ひとりで食事と会計を済ませて出てくることを言うのだろうけど、私は本当にひとりでないといやだ。つまり、ほかのお客さんや店員さんもなしに、まったくの独りで食べたいのである。


そういう時は家でやるしかない。外でやったりすると道行く人に見られてしまうから、それは一人ではない。夕食の時間に換気扇をオンにしながら焼くのも、道行くサラリーマンが「お、今夜この家は焼肉だな」なんて思ってしまうので、それも一人とはいえない。


いつも、どこかにだれかいる。どこかの知らない誰かが、自分かあるいはそれが放つ要素に反応している。


この世で独りになるのは、案外むずかしいものである。
独りだ、と思っていても実は一人ではない。そう言うと勇気づけられたり、何をきれいごとを、と言う人もいるかもしれないけど、いまこの記事を読んでいるこの瞬間も、私という書き手とつながっている。だから、ひとりにはなれていない。


話を戻すと、私なりのひとり焼肉はこれだ。
真夜中、おそらく2、3時がいいと思う。換気扇を回しながら一人だけで肉を焼くのだ。いい匂いが充満してしまわないように工夫するが、案外きづかれない。


外に流れていくいい匂いも、だれも嗅がない。寝ているから。


独りひっそり、台どころに立って箸を持つ。立ったまま一人分の肉をフライパンで静かに焼いて、菜箸のまま食べる。今だけは本当にひとりだ、と思いながらオレンジ灯に照らされるカルビを見るのはなかなか楽しいものだ。大人のおいしい秘密基地のような。


だから今夜、ひとり焼肉をする。牛カルビ、牛サガリ、トントロを買った。3つに絞ろうと決めた。集中力がないので、あまり増やすと結局どれがどれだかわからないままとにかく食べてしまう。本当はホルモンも焼きたかったのだけど、またの機会にしようと思う。


いつのまにか、焼肉でライスを食べなくなった。代わりに〆の梅茶漬けを食べるようになった。わさびをほんの少し入れるといい。安曇野の刻みわさびがいいと思う。のりは刻みよりも、大きいのを指でちぎって入れる。今夜もそうする。


チルドルームを覗く。銀色のトレーに納まったお肉たちを見てなんだか感慨深い。焼肉かあ。焼肉がすべてでなくなったのはいつからだろう。そもそも焼肉をするのはいつぶりだろう。長くしていないのはきっと、飽きてしまったからだと思う。ドイツで肉が襲いかかってくるようなバーベキューをしていたからだと思う。


ひとり、長らく抱え込んでいたことがあって、もう1年以上だろうか。それを本当にひょんなことから今日とても信頼している人に話せた。
私は話すつもりはなかったのに、その人の方から聞いてくれたのだ。最初は冷や汗がでて何とかごまかそうとほかの理由をいったけど、いつの間にか本音を話していた。


「難しいのによく書いてくれましたね、ありがとう」と文字を見たとき、すっかり泣けてしまった。私の姉のような存在のその人は、ラインで話を聞いてくれた。ラリー自体は数回だけでも、ずいぶんと楽になって息がしやすくなった。


私に向けられたまなざしと、そこに混在している何か尖ったもの。私はどうしていつの間にか、人でも矢でもなく的になっているの?

あの人にとってはなんでもないことでも、私は嫌なんだよ。
あの人は気にしてないだろう、でも私は気にするんだよ。


どうしても辛くて、いやになって、辞めたいとおもったことが何度でもある。それでも黙っている、大人だから。何でもないふりをしてまた書く、笑う。あきらめなきゃ、期待しちゃだめだ、言い聞かす。


焼肉はたのしいものだ。わいわい食べて飲んで、おいしい。だから、誰かと行ってもし楽しくなかったら、それはなにかがおかしい。
私は、なにかがおかしいのは嫌いだ。私がおかしい、と言われている気がする。焼肉は楽しいよ、でも私がいるから楽しくないんだ、と。


だったら、最初から一人で食べた方がいい。一人で食べれば、楽しくもつまらなくもない。裏切られることもないし、とても楽だ。


でも、その人と話してみて心が戻った。羽毛布団みたいに、体温を吸って膨らんだ。また機能する、自分も人も温められるように。
そして、誰かと焼肉に行きたくなった。私が食べたことのない部位を頼んでくれるだれかが。私の代わりにビールをたらふく飲んでくれるだれかが。とても愛おしく、待ち遠しく思えた。


また人に会いたくなる。人と向かい合って笑っていたくなる。そういう日に限って、ひとり分の肉が冷えている。


次に会うときは、きっと焼肉にしましょう。なにか好きな部位を選んでください。私はミノとマルチョウを食べたことがないんです。コブクロにも挑戦してみようと思う。今夜はとりあえず、ひとりで寂しく肉を焼きます。自分でこうしたくせに、ひとりじゃまずいな、と言いながら仕方なく焼きます。


夜中の3時くらい、たまたま目が冴えてしまったら「ああ、今ごろ微熱は焼いてるな」と思ってください。



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余談
私が生まれる2年前、伝説のドラマ「やっぱり猫が好き」が放映されました。そこにレイちゃんが夜中にひとり焼肉をする回があって、本当に大好きです。


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