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お年玉号『揚げたてコロッケはいかが』 月刊びねつ

月刊びねつの新年号、そしてお年玉号へようこそ。

みなさま、改めましてあけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします!


今年もみんなにとって素敵な年でありますように、という願いを込めて。
新年の月刊びねつは、途中まで無料で読めます!ぜひどうぞ。

最後まで読んでいただくと約2万字超えというすごいボリューム感なのですが、一緒に楽しんでいただけましたら幸いです。


今月号の見どころは、たくさんあります。
コロッケ特集。突如、降ってきたマイ・コロッケブーム。コロッケにまつわる3つのエッセイを収録しました。

長野の季節の移ろいを感じることのできるエッセイを2話、夫と大喧嘩して「実家に帰らせていただきます」を始めてやった話など。

ふろくの微熱ラジオでは、次のブックカフェ計画と2冊目のエッセイ集について収録。袋とじは読者さま限定で、イベントのお話を一足早くお届け。

そして大人気のカップルカウンセラー・微熱先生のお悩み相談室コーナーもあります。


それではさっそく、ページを開きましょう。いってらっしゃい!


今月も盛りだくさん!1か月かけて楽しんでね!



揚げたてコロッケはいかが

―――『胃ぶくろの鳴くころに』より


グラタンコロッケ

コロッケが急に食べたくなった。
年末のことである。ある何の変哲もない木曜日、もうコロッケでないと納得できない、というほどコロッケが食べたくなってしまった。

喜び勇んで野菜室をあけ、がっかり。じゃがいもがないのだ。

じゃがいもがないなら買いにいけばいいじゃないか。

私が住んでいるアパートからは徒歩圏内に新鮮な地元野菜が売られる市場がある。この村の人が作っている野菜が集まっている大好きな場所だ。地産地消に貢献したいという気持ちで、ここに通っている。もちろん、ほかにスーパーなどがないため、ここしかないというのもあるけれど、だからこそ余計ありがたい。


一応、40分ほど歩くとドラッグストアとコンビニがあるけれど、もちろん野菜は売っていない。

そういえば、徒歩圏内に3つの野菜市場があるのだから、コンビニよりもたくさんの野菜市場があることになる。それが私の住んでいる村だ。


そう、コロッケを作ろうとしていた。
自転車にまたがって、氷がうっすらと張る道を慎重に運転する。市場について、入り口にしめ縄が売っていた。もうすぐ年末。大晦日がやってくる。12月のコロッケ。それは他の月のコロッケとは少し様子が違っているように思う。

何か特別なことをしてほしい。そんな風に衣の中から声がしてくるみたいだ。特別?私に特別な何かをしてほしいって?

贅沢言うな!コロッケのくせに。
なんて言っていたら、市場にじゃがいもがなかった。
「昨日まであったんだけど、あれ、今日はないんだなあ」なんて店の人が他人事のように言う。コロッケのくせに、なんて言ったから、ついにコロッケの神様に見放されてしまった。自転車を押してとぼとぼと帰る道のりは長く感じる。


小さな頃から、手に入らないものが多かった。手に入らないものがある度に、代わりに手に入るものを探した。


例えば。
たまごっちが売り切れてしまって買えないときには、冷蔵庫の中の卵をじっと見ていた。そしたら急に、たまご粥が食べたくなって作り始めた。小学3年生。それが私のはじめての料理の歴史だと思う。


次に、ポケモン。買っても買っても、レアカードが当たらない。弟はどんどん煌めく七色のカードが出ると言うのに、私には何も。学校でなんと言おう。みんなが持っているものを私は持っていない。


ええい、とこれまた冷蔵庫を開けてバターを包む厚手の銀紙を見ていた。こんな色のカードがあったら、クラスの人気者になれるだろうな。そう思いながら、「いい加減、冷蔵庫を閉めなさい!」と母さんに言われるまでバターを見ていた。


コロッケを作りたいだけなのに。じゃがいもが手に入らないなんてあんまりだ。

あんまりだって?

12月のコロッケはいう。

そんなことでしぼんでしまうようでは、コロッケを食べる資格なんてないね。

コロッケを食べるのに、はて資格がいったっけか。

そんなことを思っていたら、ふと、思いついた。12月は温かいもの。あつあつのグラタンはどうだろうか。あつあつのグラタンを衣の中に包んでサクッと揚げたのなら。


そうそう、そのいきだ!

心の中のコロッケは先ほどまで丸かったのに、ぱっくりと半分に割れていた。中からはとろりとしたホワイトクリームがあふれる。人参やブロッコリーが顔をのぞかせ、柔らかいペンネ・マカロニがこちらを見ている。


さあ、口を焼きながら食べなさい。


私は食べものにすっかり手懐けられてしまったようだ。だから、はい、そうします、なんて言って自転車にまたがって家まで走り出した。


アパ―トの階段をのぼりながら、フィナーレを想像した。

微熱はサクサクの揚げたてにウスターソースをかける。じゅわりと音が鳴りやまないうちに口の中へ。
あっつ。
また一口。熱いとわかっているのにとまらない。

こんな最後を迎えたい

居ても立っても居られない。まずはホワイトソースから。そのうちにペンネを柔らかく茹でてしまう。

野菜室からブロッコリーと人参、缶詰めを開けたならば無数のコーンがこちらを見上げる。


フィリングは、固くなければならない。
揚げてから中身が飛び出して、大爆発なんて嫌だ。

小麦粉を慎重に調節して、冷凍。1時間ほどで半冷凍になるから、それをカードでしゃりしゃりと分割して小麦粉、卵白、パン粉と慎重につけていった。


また冷凍庫。そして、油鍋の準備をする。
ぬかりなく。ああ、ぬかりなく、ぬかりなく。

揚げ物の準備は、手抜かりなく油断なく、慎重に手際よく進めるべし。


冷凍庫から出したものを、180度の油で一つずつ揚げていく。一度に入れてはダメ。最初は1つ。3分、触らない。ひっくり返す。3分。2個目を入れる。3分、1個目を出す。2個目をひっくり返し3個目を入れる。


4個目を入れたとき、いてもたってもいられなくなった。
まだじくじくと音のする3個目にウスターソースをかけた。
まずは口の中に千切りキャベツを含ませる。それを簡単に噛んだまま、グラタンコロッケを指でつまんだ。口元に持って行くと、すでに揚がったパン粉の香ばしいにおいがした。待てない、一口。


んーーーー!


点灯したランプの中で踊り出していた。私の胃も、舌も、それに合わせて震えている。のどが、ごきゅッとなる。


美味しい。
クリームの柔らかさが冷えた舌を包んでくれた。冬の野菜たちが場を賑やかにしてくれる。そして、クリームを連れたマカロニがきゅむきゅむと愉快にしゃべっている。

外は雪。12月。寂しいなんて言ってないで、これを作ってお食べなさい。そう歌っているようだった。


手に入らないものがあるなら、我慢する。
それをはき違えている人がいる。
希望のものを指をくわえながら見ていて、代わりのもので犠牲になる。

そんな考えが、すっかり癖になってしまっていけない。


店で買うなら、ないものは、ない。売り切れたら、泣こうが喚こうが、シャッターを閉められてしまう。
でも、家に帰って、なにかもっと素敵なものを作れないだろうか。自分で作るということの、その能力が備わっているなんと素晴らしいことよ。

つくることの美学がここにある。このコロッケの中にとろりと温かくなって、ある。そんな風に思った。


さあ、みんなどんどん作ろう。私も、今日も台所に立つから。



朝のコロッケ


アヤネちゃんはクラスではかなり地味で、友達もいなかったと思う。私が朝、電車に乗ると、たまたま同じ車両だからなんとなく話すようになった。それだけだ。

きっかけはコロッケだった。


私は家で朝ごはんを食べてこなかった。早朝に出るので、食欲はなかったし、母の作るおにぎりを電車の中で頬張るなんて恥ずかしくて嫌だった。そんなの馬鹿げてるけど、やっぱりそんな年頃だった。


駅地下にあるコンビニのホットスナック。寒い冬の朝も、浮き足立つ春の朝も、いつでもここでコロッケを買った。当時は68円で買えた。母に「68円で朝食が済ませられる」というと、なにも食べないよりは、と言って毎日お小遣いをくれた。


ある日、アヤネちゃんから話しかけてきた。

朝からコロッケなんて食べてるの

うん

コンビニで買ったの

そうだよ

胃もたれしない、脂っこいでしょ

胃もたれ?そんなのしたことないよ!


アヤネちゃんは、ケラケラ笑って私の背中を押したり足を蹴ったりした。でも、クラスに着くと全く話しかけてこなかった。私の方を見ることもしなかった。いつも文庫本を開いて、読んだり、窓の外をつまらなさそうに見たり、また文庫本に目を戻したりした。


私が話しかけようとすると、友達たちは「やめときなよ」といった。アヤネさんは本が好きなんだよ。あんたなんかと話すよりも、ずっと、本がお友達なんだからさ。そう言ってクスクス笑った。アヤネちゃんにはそれが聞こえていただろう。でも、私は、友達のいう通りだと思った。本を読んでいるのに、わざわざ邪魔することもない。そう思って話しかけなかった。


私は、その中学を1年で離れた。両親のごたごたで、場所を変えることが幾度かあった。でも、それだけだった。私は次の学校に行けること、次の環境に飛び込めることが楽しいとさえ思っていた。同じ場所にいつまでもいるなんていうのは水が古くなった水槽の中で生きるようなもののように思えた。


しかし、強気でいられたのも1週間ほどだった。
新しい中学に行って、アヤネちゃんの気持ちがよくわかった。私は、その中学で、席に座り本をただひたすら見つめていた。本なんて好きでも何でもないのに、あたかも一人で平気であるような顔をして文庫本を開いていた。


本を読んでいるのは、一人でいることを紛らわすためだ。本に目を落としているのは、どこを見ていいかわからないからだ。本を読んでいるのは、一人でいることを少しでも忘れたいだけなのだ。

本のページはめくらなかった。何を読んでも、頭に入ってこなかった。そういえば、アヤネちゃんも、ページをめくっていなかったことを思い出した。


あの時、話しかければよかった。電車の中だけではなくて、コロッケを食べている時だけではなくて、改札でも、教室でも、体育の更衣室でもどんどん話しかければよかった。


ねえ、話しかけたら。

いや、悪いよ。だって本が友達でしょ。

だれかの声がした。くすくすと笑っていた。私は目を瞑った。アヤネちゃんとコロッケを交互に思い出すよう、集中した。そして、泣いていると思われないように、また本に目を落とした。


その後、大学に入り上京したとき、中学の同級生と会う機会があった。

おそるおそる、アヤネちゃんのその後を聞いてみると

すごいよ、中1の時と全然違うんだから!

と写真を見せてくれた。

なんとギャルになっていた!

細い足がミニスカートから伸びていて、黒いハイソックスがよく似合う。オーバーサイズのセーター。つけまつげや金髪の向こうに、それでもあの頃の面影が見えた。電車の中でいたずらっぽく笑って話しかけてきたアヤネちゃんの、あの感じ。


またコロッケ?

朝からコロッケなんて食べてるの?

胃もたれしない?

いつも質問だった。アヤネちゃんは、私と話したかったのだ。


一度だけ言ったことがある。

「胃もたれなんてしないよ、食べてみる?」

そして、アヤネちゃんは本当に小さな一口を食べた。そして言った。

うん、美味しい!

私、ちゃんと言ったんだ。言っておいてよかった。一緒に、1つのコロッケを食べておいて本当に良かった。

私は、銀色の眼鏡の向こう側に見える、アヤネちゃんのとても細い目がさらに細くなって、笑うのがとても好きだった。


私とアヤネちゃんと、コロッケの思い出。


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