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エルサルバドル② ― ビットコインビーチ ―
<前回記事>
今回向かう先は、「ビットコインビーチ」ことエルソンテだ。
エルソンテは、エルサルバドルの太平洋沿岸に位置する小さな村である。
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前回記事で触れたが、エルサルバドルには目玉となる観光資源が少ない。
そんなエルサルバドルが打ち出したのが、サーフシティ計画である。
サーフィンを通じて国際観光客を誘致することを目的としたこのプロジェクトでは、太平洋沿岸の観光地開発や道路、下水処理施設などインフラ整備を積極的に進めている。エルサルバドルの太平洋沿岸地域全体が対象エリアであり、特にサンサルバドルからバスで1時間ほどのLa Libertadが開発の中心地となっている。
サーフィンといえば、2021年の東京大会からオリンピックの正式種目に採用されたが、オリンピック予選もエルサルバドルで開かれるようになってきている。パリ五輪で日本代表をつとめた五十嵐カノア選手も、2023年のエルサルバドル大会で代表内定を獲得した。
私の目的地のエルソンテも、サーフシティの一つとして多くのサーファーが訪れる村であるようだ。
サンサルバドルからエルソンテまでは、Uberかローカルバスを使えば移動が可能だ。Uberを使えば1時間ちょっとで行くことができるが、折角時間にゆとりがあるのでローカルバスで向かうことにした。
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サンサルバドルのSan Benito地区からバスに乗り込んで約1時間、サーフシティの中心地La Libertadに到着。ここはサンサルバドルとはまるで別の雰囲気で、リゾートらしい活気に満ちている。La Libertadからさらにバスを乗り換え、もう1時間ほど進むとついにエルソンテへ。ここまでのバス料金はたったの2.5ドルで済んだ(ちなみにUberだと40ドル以上かかる)。
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エルソンテの中心地は歩いて30分ほどで回り切れる大きさであり、その中でBitcoinを受け入れている店舗が30ほどあるようだ。
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散策を始めると、いたるところにBitcoin受け入れを示すマークを発見した。小さな店舗にまでしっかりとBitcoinマークが掲げられている。
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村を抜けると目の前には海岸が広がるが、砂浜の色は真っ黒。これは周辺の火山からの火山砂で構成されているためだ。エルソンテのビーチは、エキゾチックで神秘的な雰囲気を感じさせる。
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村の様子やビーチの風景は動画で撮影しているので、興味がある方はこちらをご覧いただきたい。
<村散策①> <村散策②> <ビーチ>
さて、エルソンテが 「ビットコインビーチ」 と呼ばれるようになったのには、ある特別な経緯がある。
始まりは、アメリカからエルソンテに移住した一人のサーファー、Mike Petersonだ。2005年、サンディエゴからこの地にやってきたPetersonは、現地でサーフィンを楽しみながら、地域の慈善活動にも取り組むようになる。
転機が訪れたのは2019年のこと。Petersonの元に匿名の寄付依頼があったのだ。「Bitcoinを法定通貨に交換せず地域住民に分配し、Bitcoin経済を構築すること」を条件に、当時10万ドル以上のBitcoinがエルソンテに寄付されることとなる。
Petersonと地域リーダーたちはこれを受け、「Bitcoin Beach Initiative」を立ち上げ、Bitcoinの普及を目指して草の根運動を開始。こうしてエルソンテにおけるBitcoin経済は始まったのである。
(出典:Bitcoin Beach: How a town in El Salvador became a testing ground for bitcoin)
まず、Petersonたちが着手したのは、デジタル技術への適応が早いティーンエージャーの取り込みだ。ビーチの清掃やライフガードのアルバイトの報酬をBitcoinで支払った。その後、地元のレストランや商店にもBitcoinを受け入れてもらうための啓蒙活動を開始したが、既存の通貨とは異なるBitcoinを理解してもらうのは一筋縄ではいかなかった。しかし、根気強く教育や説明を続け、また利便性を高めるための「Bitcoin Beach Wallet」(現在のBlink)の開発などを進めたことで、徐々に住民の間でBitcoinの受け入れが広がっていったのだ。
ここで私が気になっていたのは、Bitcoinを受け取った住民が果たしてBitcoinをそのまま保有し続けるのかという点である。
実際に、エルソンテにある土産屋を経営している家族から伺った話を紹介したい。
~ Zontenos ~
エルソンテを流れる川の西側に位置するZontenosは、村のお土産を販売している小さな商店である。
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こちらのお店は家族で切り盛りしており、ちょうど店番をしていた長女から話を聞かせてもらった。
まず、エルソンテでのBitcoinの普及について尋ねると、彼女によると、ショップオーナーやその家族にはBitcoinが広がっているものの、一般住民における普及率はまちまちだという。また、生活必需品を地域の他店で買う際には、売り上げで受け取ったBitcoinをそのまま使うこともあるらしい。
最も気になっていた「受け取ったBitcoinをすべて現金に換えるのか」という質問に対しては、こう答えてくれた。
「すべてのBitcoinを現金に換えるわけではありません。もちろん、生活用品の購入には現金が必要なので、必要な分は交換します。でも、それと同時に投資としても使っています。Bitcoinの価格変動は大きいので、タイミングを見て現金化したり、そのまま保有したりと、状況によって判断しています。実は母は、今年のBitcoin価格が上がったときに現金化して、ちょっと利益を得たんです(笑)」
この話には驚かされた。あとから出てきた彼女の母親は50歳ほど。年齢に関係なく、しっかりとBitcoinについて理解し、投資を行っているのだ。また、エルソンテではB2B取引もBitcoinで行われていることが確認でき、観光客から地元の店舗、さらに他の店舗へと、C2B2Bの資金フローが確立されている。これは小さなコミュニティの一例にすぎないかもしれないが、グアテマラのパナハチェルで見たエコシステムの限界をエルソンテでは打ち破っているように感じた。Bitcoin Beach Initiativeの教育・普及活動の成果である。
ちなみに、ZontenosではオリジナルTシャツや様々な小物を買うことができる。私は記念にTシャツとボトルオープナーを購入した。
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エルソンテ総評
エルソンテでの滞在中、複数のレストランやショップでBitcoin決済を試してみたが、小規模な店舗ではBlinkウォレット、大型のレストランではIBEX PAYが使用されていた。また、生活用品の購入やヘアカットなどの日常サービスだけでなく、住宅ローンの支払いまでBitcoinでできるという情報もある。New StoryとGaloy(Blinkウォレットの開発企業)の連携で実現しているもので、Googleの支援も受けているプロジェクトだ。
このように、Bitcoinはさまざまなユースケースで使われ、コミュニティ通貨としての役割をある程度果たしているといえよう。(在日エルサルバドル大使によれば、エルソンテ住民の90%がBitcoinユーザーになったとのことだが果たして…。)
それ以上に注目すべきは、Zontenosの家族のようにBitcoinで投資活動をできるようになったことではなかろうか。銀行口座を持たない人々でも資産運用が可能となり、本業以外の収入源を持つことができるようになった。
また、Bitcoinを使うことで国際送金が安価でできるようになったことも重要だ。エルサルバドルから外国に出稼ぎに行く人は多く、彼らは母国の家族に送金をしている。2023年には、エルサルバドルにおける海外送金額がGDPの23%を占めており(世界9位)、これらの送金コストは馬鹿にならない。これをBitcoinで、かつChivo Walletを使えば手数料を抑えた送金が可能となるようだ。
もちろん、Bitcoinにはボラティリティリスクがあるため、すべてが順調というわけではない。しかし、一部の住民には運用益による 「収入増」 と送金コスト削減による 「費用減」の恩恵が生まれているのかもしれない。
エルソンテは、新興国における様々なBitcoinコミュニティの先駆けであり、サーフシティの他地域に比べてBitcoin文脈による集客力が付加されているのは強みだ。
とはいえ観光資源の本筋はサーフィン関連サービスである。エルサルバドル全体がサーフィン国としての知名度を増していき、その中でエルソンテが滞在地に選ばれるようになれば、Bitcoin経済の取引高も増加し、さらなるコミュニティ通貨としての発展が期待できるだろう。
最後に、エルソンテの思い出として特に印象的だったのは、レストラン「NAN TAL」で食べたセビーチェ。これが最高に美味しく、忘れられない味だった。
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ぜひ、また訪れたい村である。
現地での体験はここまでだが、次回はエルサルバドルの現状の政策や今後の見通しについてまとめていきたい。
<続く>
エルサルバドル豆知識
ローカルバス:エルサルバドルのローカルバスは、行商人がバスの中まで商品の売り込みに来るので賑やかである。サーフシティエリアには決められたバス停がないので、降りるときには運転手やバス乗務員に声をかける必要があり、あまり気が抜けない。
コーヒー:エルサルバドルもコーヒー豆の生産が盛んな国である。グアテマラコーヒーと比較すると、酸味は少なく甘さが引き立っている。個人的にはエルサルバドルのコーヒーの方が好きだ。