NASAの教授から学んだ、「知識を武器に、しかし知識に惑わされてはいけない」ということ
イェール大学で経験した人生を揺さぶる教え
先日、あるPodcast配信番組に出演させていただいたのですが、先方からの事前ヒアリングシートの中に、中村の「座右の銘」なるものを問う項目があり、自分自身が何を考えているのか再度考えさせられるよい機会になりました。
結局、その番組のなかでお話することはありませんでしたが、中村の「座右の銘」の一つにつながる思い出のエピソードを、今回は皆さまと共有したいと思います。
それは、中村がNASAからやってきた教授が行った講義で受けた、大変大きな衝撃についてのエピソードです。
宇宙の広さを教えてくれた全盲の教授
中村が博士研究員としてイェール大学にいたころ、地質学科で宇宙生物学(Astrobiology)という大テーマのもと1年間の特別講義シリーズがあり、毎回多岐にわたる研究者を全米から呼んで講義が行われていました。
基本的には、天文学者や生物学者がそれぞれの専門領域、例えば、古代生命の化石の話、太陽系外の惑星の見つけ方、月や太陽の生命へ与える影響等について講義をするというものでした。
そこにある日、NASAから一人の男性教授が講義にやってきました。彼は全盲だったのです。
全盲で教授になるというそのスゴさはともかくとして、彼が宇宙の広さについて非常に熱心に講義を始めたとき、聴講している我々は思わず顔を見合わせたのでした。
夜空を見上げて満天の星空を眺めて宇宙の広さを視覚的に実感することもなく、宇宙の広さについてロマンを感じられるのだろうか?
しかし彼が講義を進めるにつれて、その疑問は晴れるどころか、結果として中村を含めた全ての聴講者を大いに恥じ入らせることになりました。
目が見えるがゆえに実感できない宇宙の広さ
彼の話は、星との距離を測る方法から始まりました。
人類が可能な最大の三角測量は、地球軌道の遠日点と近日点を使ったものですが、これで測量できるのは100光年程度です。
人間の目と目の間は20cmも離れていないため、我々が目を使って遠くの星の距離を実感することなど絶対にできないのです。
つまり、星を眺めていても、実感的には天井を眺めているのとほとんど変わりがなかったのです。
それにもかかわらず、夜空を眺めて宇宙の広さを実感したと思っていた中村(+同僚)ですが、それは宇宙が無限といえるほど広いとただ知っていただけであり、この知識によって、むしろ実感から得られる情報(距離感がない)を拒絶していたのです。
そして、彼に会うまで疑問を持つことすらないほど、この固定観念に縛られていたのです。
私たちは目を使って宇宙の広さを実感できていないにもかかわらず、全盲の方が宇宙の広さにロマンを感じられるのかと疑うなど、本当にばかげて恥ずかしいことだったわけです。
話はここで終わりません。
三角測量で測定可能な100光年より遠い星は、ドップラー効果(音波や電磁波などの波の周波数が、発生源と観測者との相対的な速度によって異なって観測される現象)を利用して測定するのです。
宇宙が膨張しているという現象から、遠くの星ほど速く地球から遠ざかっていくわけですが、遠ざかる星から到来する電磁波の波長はドップラー効果によって低周波側にシフトします(赤方偏移)。
彼は、この赤方偏移した電磁波を、そのまま音に変換して我々に聞かせました。
確かに、同じ色であるはずの主系列星たちが、赤側にすなわち低い周波数に変わるわけです。
宇宙の広さを感じるのは耳か目か
ここでもう一つのことに気づかされることになりました。
人類は光について、主として3つの原色を感知する視細胞によって知覚しており、光の周波数を直接感じているのではないのです。
一方、人類は音について、蝸牛にある有毛細胞のうちそれぞれの波長に対応した細胞が振動を検知し、音の高低を感じています。
つまり、赤方偏移で波長がずれること(宇宙の広さ)を直接的に感知・知覚できるのは、耳であって目ではなかったのです。
ということは、その講義室にいた他の誰でもなく、この教授だけが、宇宙の広さを知覚し実感していたわけです。
※ より正確には、実際に星との距離を測るためには、赤方偏移による暗線(フラウンホーファー線)のズレを測定することになります。
知識を活用しながらも、真実を見つめる重要性
この講義が終わる頃には、この事実に気づいた中村を含めた多くの聴講者が大きなショックを受けました。
そのあと有志で集まって、ピザレストランで反省会(?)をしましたが、ほとんど全員が、
・ 知識によって、人は誤った認識が生じ、正しく知覚ができなくなる
・ 知識(間違った思い込み)によって、他人の知覚したことすら否定してしまう
という事実に打ちのめされていました。
考えてみると、サイエンスでもそれ以外でも、教科書に書いてあったから、みんながそう言っていたからというような知識によって、重要な発見や事実が見過ごされたり、重要な検討項目が無視されたりということがよくあります。
当社は、サイエンスそして創薬に関わる企業として、知識を武器にしつつ、知識によって誤った認識をすることは絶対に避けたいと思っています。
今後も、日々研究結果から知覚したことに対して、真摯に向き合ってまいります。