最判R4.1.18について
基本的に最高裁判決が出るとそれを前提に実務が動くし、なかなか学者の反対意見もみられないんだが、ちょっとどうかと思う判決(判示)がないわけではない。
ということで、たまたま目についた最判R4.1.18(民集76-1-1)について。
お題は、「不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることの可否」。
最高裁第三小法廷の判示は、以下のとおり。
極めて簡潔である。
この判示について、「あまり説得的ではない」と評するものもあれば(大久保邦彦・判例秘書ジャーナル、「理路および論拠には相応の説得力はある(と受け止めてよい)」と評するもの(加藤新太郎・NBL1223号)もあるようである。
なお、最高裁の判示方法自体は、極めて簡潔明瞭であり、司法試験の解答作成にも、準備書面の作成にも非常に参考になるものと思われる。
(1)部分について
まず、民法405条の趣旨の解釈について。
①で規定の内容を確認し、②でその趣旨を確認した上、③判例の射程を述べる。
①に異論はない。問題は、②である。
「これは,債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず,その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば,債権者は,利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから,利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解される。」
ここ、果たしてそうなのだろうか。「特に」債権者の保護を図るものなんだろうか。
遅延損害金債務も通常の債務も、単純な金銭債務であることには変わりがなく、その不払により債権者が受ける損害の程度も何ら変わらない。
そうすると、遅延損害金についても、日々遅延損害金が発生するというのが「原則」であるところ、それでは煩雑にすぎるから、組入れを要求した、という解釈も普通に成り立つような気がする。
残念ながら、裁判官には、遅延損害金が「損害」であるという認識が甘く、むしろ、「遅延損害金は債権者保護のためのおまけである」的な感覚の人が一定数いるんじゃないかと感じる。だから、和解のときに、「遅延損害金カットは普通です」なんていう発言が出てくる。(知らんけど)
いずれにせよ、金銭債権について、その遅滞による具体的な損害を一切認めない代わりに一定の利率で損害の発生を「擬制」するのが現行民法であり、その限りにおいて「遅延損害金はおまけ」などではないことは明らかであると思う。
そうすると、上記趣旨の理解には、素朴な疑問が湧いてくると思うのだけど、最高裁がこの点について意を払った形跡は窺われない。
次に、③過去の最高裁判例の理解(射程)について。
「そして,遅延損害金であっても,貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては,その性質等に照らし,上記の趣旨が当てはまるということができる(大審院昭和16年(オ)第653号同17年2月4日判決・民集21巻107頁参照)。」
ここは、民法405条の趣旨についての今般の最高裁の理解が、過去の一大審院判例とも沿うものであることを確認する部分。
逆にいえば、遅延損害金のうち、「貸金債務の履行遅滞により生ずるもの」以外については検討の対象とはしていないことが窺われる。(加藤・NBL解説でも、「債務不履行に基づく損害賠償債務については(労災事故の安全配慮義務違反構成も含めて)、射程外」と明言している。)
なので、債務不履行一般について、この最高裁判決が吟味・検討したかというと、それは違うだろうと思う。あくまで、過去の判例との関係で、「貸金債務の履行遅滞により生ずるもの」が検討対象となっているにすぎない。
当然ながら、民法405条の趣旨について、最高裁の理解とは異なる理解でも、上記大審院判決は理解可能である。ここの判示は、あくまで「今般の最高裁の理解」が過去の一大審院判例とは矛盾しない(判例変更ではない)ことを確認するものにすぎない。
(2)部分について
以上のとおり、民法405条の趣旨を、「利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たもの」と限定的に理解すれば、もう結論は見えてくるといっても過言ではない。
まず、④について。
「不法行為に基づく損害賠償債務は,貸金債務とは異なり,債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから,債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって,一概に債務者を責めることはできない。」
ここで比較されているのは、「不法行為に基づく損害賠償債務」と「貸金債務」であって、「不法行為に基づく損害賠償債務」と「債務不履行に基づく損害賠償債務」ではない。ここ、極めて重要。
つまり、「債務不履行に基づく損害賠償債務」(一般)については、あえて比較・検討の対象から除外されている。それで果たしていいのだろうか。。。
で、⑤について。
「また,不法行為に基づく損害賠償債務については,何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。」
ここが、まさに、民法405条が、原則を修正して「特に」債権者の保護を図るために設けられた趣旨か、という上記②の判示にかかってくる部分。
そうじゃなくね?という理解に立てば、この部分は説得力がない。そもそも別論に過ぎるという気もする(不法行為の時と付遅滞時にほとんど懸隔がない場合には、この理屈は使えないし。)。
結論。
「そうすると,不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については,民法405条の上記趣旨は妥当しないというべきである。」
結局、民法405条の趣旨を、民法の原則を修正して「特に」債権者の保護を図るためのものと理解し、かつ、「貸金債務」を比較対象に設定することにより、民法405条を不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金には妥当しないという解釈を導く「ことができる」という判示であって、「そう解すべきである」という理屈について述べるものではない。
つまり、実質的にそう解釈した理由については、最高裁は、何も述べていないということになる。
まあ、実質的にそう解釈した理由については、
・そもそも民法405条の処理を認めると計算が面倒だし、煩瑣
・民法405条がダイレクトに適用される場合にその適用を否定する理由はないが、直接規定する場合以外に「適用」又は「類推適用」する必要はなくね?
という価値判断に基づくものと理解される。
逆にいえば、不法行為の規律を悉く債務不履行の規律に合わせている⇔債務不履行の規律を悉く不法行為の規律に合わせている一連の最高裁判例に照らして、債務不履行と不法行為で扱いを異にする上記解釈が相当か、それだけの理由が果たしてあるのかと問われると、そこは相当苦しいように思う。
願わくは、調査官解説でこの辺の疑問が解消されることを願うばかりである。