去るR5.7.20、最高裁第一小法廷において、「無期契約労働者と有期契約労働者との間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違の一部が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断に違法がある」という事例判決がなされた。
この判決の解説自体は、労働法に造詣の深い先生方にお任せとして、分野に拘泥しない、より横断的な検討をしてみる。
同判決は、要するに、以下のとおり結論づけた上で、「被上告人らが主張する基本給及び賞与に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か等について、更に審理を尽くさせるため」、原審に差し戻している。
このような「考慮すべき事項についての考慮不尽」は、行政裁量の判断過程審査において登場する概念であるが、最高裁の判例にもしばしば登場する。
以下、幾つか、同様の判示をする最高裁判例を参照した上、今回の最高裁判決についてみてみる。
1.行政裁量について
「生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員がした職場の女性トイレの使用に係る国家公務員法86条の規定による行政措置の要求を認められないとした人事院の判定が違法とされた事例」である。
判示部分は、以下のとおり。
判示部分は、以下のとおり。
「村の発注する公共工事の指名競争入札に長年指名を受けて継続的に参加していた建設業者を特定年度以降全く指名せず入札に参加させなかった村の措置につき上記業者が村外業者に当たることを理由に違法とはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。
結論部分は、以下のとおり。
ここでいう「考慮すべき事項」としては、以下の判示部分が該当するものと思われる。
原審判断についての評価は、以下のとおり(結論として、「被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否,それを含めて考えた場合に指名をしなかった措置に違法(職務義務違反)があるかどうかなどの点について更に審理を尽くさせるため」、原審に差し戻した。)。
なお、蛇足であるが、以下の判示部分、憲法答案に使えそうな気配がものすごくする。
2.原審判断について
「固定資産課税台帳に登録された土地の価格について,当該土地が調整池の用に供されその機能を保持することが商業施設に係る開発行為の許可条件になっていることを理由に地目を宅地と認定するなどして算出された上記価格が固定資産評価基準によって決定される価格を上回るものではないとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。
判示部分は、以下のとおり。
また、原審の確定した事実関係等の概要において、「本件各土地は,本件商業施設の開業以降,調整池の用に供されており,本件土地1は,その面積の80%以上に常時水がたまっている。また,本件土地2は,少なくともその面積の大半は調整池としての機能を有する平地であるが,平時は本件商業施設の従業員の駐車場として使用されている。 」と判示するほか、「上告人は,平成27年1月1日当時,本件各土地の所有者であり,これらに係る固定資産税の納税義務者であったところ,本件各土地の現況及び利用目的に照らせば,その地目はいずれも池沼と認定されるべきであると主張して~」と判示している。
「公序良俗に反する無効な出資と配当に関する契約により給付を受けた金銭の返還につき,当該給付が不法原因給付に当たることを理由として拒むことは信義則上許されないとされた事例」である。
判示部分は、以下のとおりである。
その上で、以下のとおり判断して原審判断を否定している。
なお、「上記のような点を考慮」していないとされた原判決(東京高判H24.6.6)及び原々審(東京地判H24.1.27)の判断は、次のとおり。
◆第1審判決
◆控訴審判決(追加部分)
考慮していないのかどうかについては、争いがあり得るかもしれない。。。
(3) 最一判H23.7.14
「金銭消費貸借に係る基本契約が順次締結され,これらに基づく金銭の借入れと弁済が繰り返された場合において,各基本契約に当初の契約期間の経過後も当事者からの申出がない限り当該契約を2年間継続し,その後も同様とする旨の定めが置かれていることから,先に締結された基本契約に基づく取引により発生した各過払金をその後に締結された基本契約に基づく取引に係る各借入金債務に充当する旨の合意が存在するとした原審の判断に違法があるとされた事例」である。
判示部分は、以下のとおり。
「地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)242条の2第7項にいう「相当と認められる額」についての原審の認定判断に違法があるとされた事例」である。
判示部分は、以下のとおり。
◆原審判決(大阪高判H19.9.28)
3.労働契約法20条について
一方、労働契約法20条(労働契約法の一部を改正する法律(平成24年法律第56号)2条による改正後のものであり、かつ、平成30年法律第71号による改正前のもの)についての最高裁判所の判例は、以下のとおりである。
(1) 最二判H30.6.1(民集72-2-88)〔ハマキョウレックス事件〕
まず一般論。
ほとんどの事案において問題となることがなさそうである。
次が本題。
具体的な当てはめ。「上記イで述べたところを踏まえて,本件諸手当のうち住宅手当及び皆勤手当に係る相違が職務の内容等を考慮して不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」
「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」=「職務の内容」については、違いはない。
他方で、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」に関しては、就業場所の変更や出向(による全国規模の広域異動)の「可能性」、上告人の中核を担う人材として登用される「可能性」の有無において違いがあるとのこと。
以上を踏まえて、当てはめ。
(2) 最二判H30.6.1(民集72-2-202)〔長澤運輸事件〕
まず、上記(1)とは異なり、「職務内容及び変更範囲」において相違がないという点がポイント。これでも、直ちに「不合理」ではないとする。
以上を踏まえて、当てはめ。「上記(1)から(4)までで述べたところを踏まえて,被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」
(3) 最三判R2.10.13(集民264-63)〔大阪医科薬科大学事件〕
「私立大学の教室事務を担当する無期契約労働者」に対して賞与を支給する一方で、「同事務を担当する時給制のアルバイト職員である有期契約労働者」に対してこれを支給しないという労働条件の相違につき、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例である。
【賞与について】
まず、規範。
当てはめ。(長い。。。)
【私傷病による欠勤中の賃金について】
(4) 最三判R2.10.13(民集74-7-1901)〔メトロコマース事件〕
【退職金について】
まず、規範。
上記(3)とほぼ同様である。
そして、当てはめ。(長い。。。)
なお、このメトロコマース事件については、高裁段階で、基本給・賞与については「不合理ではない」、各種手当(早出残業手当の賃金割増率、住宅手当)・褒賞については「不合理」とする判断がなされており、上告不受理により高裁判決が確定している。
このうち、基本給(「本給」)についての高裁判決(東京高判H31.2.20)の判断は、以下のとおりである。
(5) 最一判R2.10.15(集民264-95)〔日本郵便(佐賀)事件〕
賃金以外の労働条件の相違が問題となった(おそらく初めての)事例である。
(6) 最一判R2.10.15(集民264-125)〔日本郵便(東京)事件〕
【年末年始勤務手当について】
【病気休暇について】
(7) 最一判R2.10.15(集民264-191)〔日本郵便(大阪)事件〕
【年末年始勤務手当について】
→上記(6)と同じ。
【年始期間の勤務に対する祝日給について】
【扶養手当について】
なお、上記(3)以下の判決については、厚労省のHPで整理されている。
同一労働同一賃金に関する最高裁判決がありました!!
4.本判決について
翻って本判決。
要するに、各基本給の「性質」やこれを支給することとされた「目的」を十分に踏まえることなく、また、「労使交渉に関する事情」を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があるというものだが、上記最高裁判決と比べると、相当悩ましい判示になっている。
(1) 規範について
第一小法廷の判示は、以下のとおり。
まず、上記(4)のメトロコマース事件を参照する。
その上で、当てはめ。「以上を前提に、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について検討する。」(上記各判決と平仄を揃えるとすれば、「上告人における嘱託職員である被上告人らと正職員との基本給に係る労働条件の相違が、職務の内容等を考慮して不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。」ということになりそう。)
(2) 各基本給の「性質」やこれを支給することとされた「目的」について
第一小法廷の判示は、以下のとおり。
つまり、正職員の基本給について、
①「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質」のみを有するとはいえず、「職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質」をも有するものとみる余地があり、他方で、
②「職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質」を有するものとみる余地もあり、
③「様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的」を確定することもできない
とする。
一方、嘱託職員の基本給については、次のとおり判示する。
正直、よく分からない。
基準が違う(「勤続年数に応じて増額されることもなかった」もその一つ)ことは、果たして「異なる性質や支給の目的を有する」ことになるのだろうか。
しかも、正職員の基本給については、「勤続年数による差異が大きいとまではいえない」として、「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはでき〔ない〕」としているのであるが、「増額されることもなかった」とすれば、それは、「勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質」がないという以上のものではないように思えるのだが。。。
しかも、正職員の基本給については、「様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的」を確定することもできないとしつつ、嘱託職員の基本給について、正職員の基本給における支給の目的とは違うと断じることができるのだろうか。
続き。
メトロコマース事件(上記(4))の高裁判決(上告不受理により確定)も、基本給(「本給」)の性質や支給目的についてはガン無視しつつ、不合理性を否定したが、(少なくとも不合理性を肯定するに当たっては)それではいけないということのようである。
なお、上記(6)において、病気休暇について、「私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく,これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。」としていることからすると、「基本給の額につき相違を設けること自体はともかく、少なくとも正社員の基本給の○割以下とすることは、不合理であると評価することができる」という判断はあり得る気がする。
当該事件に関する原判決及び原々審における当事者(一審被告)の基本給部分についての主張は、以下のとおりである。
◆第1審(名古屋地判R2.10.28)
◆原審(名古屋高判R4.3.25)
以上のとおり、少なくとも判決において摘示された限度では、第1審被告は、正社員と(定年後)嘱託社員における基本給の性質や支給目的の異同など、全く主張していないようにみえる。
上告理由において、初めて主張したのであろうか?(もちろん、第1審ないし原審において黙殺された可能性もあるが。)
(3) 「労使交渉に関する事情」について
第一小法廷の判示は、以下のとおり。
最高裁の判決において、「労使交渉に関する事情」について言及するのは、上記(1)、(2)である。
上記(1):「両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては,労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い」
上記(2):「労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる」
「被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している」
「被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている」
本判決は、上記(2)のような結果のみならず、労使交渉の具体的な経緯をも勘案すべきという。
他方で、当該事件に関する原判決及び原々審における当事者(一審被告)の主張等をみる限り、この労使交渉に関する具体的な経緯は窺い知ることができない。
◆第1審:
第1審被告の主張:「原告らは,労働組合の構成員として,被告との間で様々な事項について何度も団体交渉を行っていた。そのような原告らが,嘱託職員としての賃金に納得していなかったのであれば,被告に団体交渉を求めないはずがないところ,そのような事実はない。」
「労働者は,賃金について納得できないのであれば,経営者との個別の契約締結段階で交渉すべきであるし,労働者には団体交渉権も認められている。」
第1審判決の認定判断:「本件において,原告らが嘱託職員となる以前に,被告とその従業員との間で嘱託職員の賃金に係る労働条件について合意がされたとか,その交渉結果が制度に反映されたという事実は認められない。(甲4,弁論の全趣旨)」
「原告らが嘱託職員となる前後を通じて,被告とその従業員との間で,嘱託職員の賃金に係る労働条件一般について合意がされたとか,その交渉結果が制度に反映されたという事情も見受けられないから,労使自治が反映された結果であるともいえない。」
「被告は,原告らは賃金に係る労働条件に不満があれば,いつでも団体交渉を求めることができた旨主張するが,原告甲が被告代表者に対し個人で要望を行っても,労働組合の構成員として要望を行っても,その内容が労働条件に反映された事実がないことは前記のとおりであるから,このことは,同じく基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実とはいえない。」
以上のとおり、少なくとも判決において摘示された限度では、第1審被告は、労使間の交渉における具体的な経緯、すなわち、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容について、全く主張していないようにみえる。
上告理由において、初めて主張したのであろうか?(もちろん、第1審ないし原審において黙殺された可能性もあるが。)
(4) 本判決の悩ましい点
◆「一審原告らが定年退職後に再雇用された嘱託職員であること」について
一審原告らは、原審において、主位的には、「一審被告の無期契約労働者の賃金体系は長期雇用を確保するための年功的処遇を行うものになっていないから,一審被告の無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件に労働契約法20条にいう不合理な相違があるか否かを判断するに当たって,定年後再雇用であるという事情を『その他の事情』として考慮することは許されない。」と主張していたのに対し、原審は、「一審被告の正職員の基本給は,その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有するものであったと認められ,本件において,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たって,一審原告らが定年退職後に再雇用された嘱託職員であることを,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するのが相当である。」と判断している。
一審原告らの上告受理申立てが却下されたことからすると、この部分については原審の判断が是認されたように思えるが、この点(定年後再雇用である点)は、判文上は全く出てきていない。
もっとも、この点については、上記(2)の当てはめに照らせば、
①嘱託職員の「基本給」(及び「賞与」)の性質や支給目的等
②本件賃金と正職員の賃金との差の程度;○%にとどまっている
③嘱託職員が定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、【労使交渉の経緯】
→これらの事情を総合考慮すると、たとえ嘱託嘱託と正職員との職務内容及び変更範囲が同一であったとしても、~という労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である、
という書きぶりが想定されることに照らせば、問題ないのだろう。
◆全く白紙で差し戻している点について
本判決の最も悩ましいのは、おそらく長澤運輸事件の枠組みを念頭においていることは想定されるものの、「当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が」主張立証責任を負う(上記(1))にもかかわらず、全くそのような事情が見当たらない中で、原判決につき、基本給の性質や支給目的について「検討せず」「何ら検討していない」とし、労使交渉の具体的な経緯について「勘案していない」としているのであるが、第1審被告は具体的に主張していたのであろうか(少なくとも、原々審及び原審の判文上、そのような主張は見当たらない)。
本判決は、当事者の主張がなくとも「性質」や「支給目的」を検討し、あるいは「労使交渉」の具体的な経緯について(認定した上で)勘案すべきというのであろうか。あるいは、必要な釈明を尽くすべきというのであろうか。あるいは、それらは法的評価にすぎないというのであろうか。
この辺、非常に悩ましいところである。