目的手段審査の実例

目的手段審査といえば憲法で出てくる審査基準であるが、刑法の違法性阻却についても同様の基準が用いられているのではないかというご指摘。

野村賢元最高裁調査官による「最高裁時の判例」(ジュリ2022年12月号)。


興味深いのは、違法性阻却事由についての検討。

まず、2つの判例を挙げる。

最大判S25.10.11
 市民のため食糧を獲得すること又は市長や食糧営団の職員に反省を促すことが目的として正しいとしても、それだけでその目的を達成するための手段がすべて正当化される訳ではない。その手段は秩序を守りつゝ個人の自由や権利を侵さないように行われなければならない。けだし秩序が維持されることも個人の基本的人権が尊重されることもそれ自体が公共の福祉の内容を成すものだからである。

最決S53.5.31】(外務省秘密漏洩事件決定)
 報道機関の国政に関する取材行為は、国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり、時としては誘導・唆誘的性質を伴うものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。
しかしながら、報道機関といえども、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく、取材の手段・方法が贈賄、脅迫、強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであつても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない。

その上で、野村元最高裁調査官は、以下のとおり整理する。

「これらの判例については、構成要件該当行為の目的が正当であることに加え、目的達成の手段が相当であるときには、違法性が阻却されるということを判示したものであると理解することができるであろう。


憲法の目的・手段審査に通ずるものであり、当然判断のハードル(証明度的なもの)は全く異なるとはいえ、審査の着眼点や方法は同じはずである。


その上で、野村元最高裁調査官は、本件被告人の行為について、そもそも目的が正当であるとはいえないとする。



憲法で目的審査で刎ねる最高裁判例(又はそれに準ずる権威のある文献)はほとんどないので、非常に貴重な検討事例である。

野村元最高裁調査官の見解は、以下のとおり。

正当行為として違法性が阻却されるか否かを論ずるに当たって検討すべき構成要件該当行為の目的は,その行為を実行することによって実現された利益・価値でなければならないであろう。構成要件該当行為によって実現されることのない理念や思想を掲げてそれが行為の目的であると主張しても,それは,行為者にとっての最終目標を述べるものにすぎない。そのような最終目標は,行為者の行為によって実現されていないのであるから,行為者の行為は,その目標の達成手段になっていない。したがって,そのような構成要件該当行為については,刑法の保護する法益を侵害までして実現した目的の達成手段として相当であったといえるか否かを論ずる余地がない。実現されていない最終目標は,構成要件該当行為の目的として,侵害された法益と比較考量することもできない。

ジュリスト2022年12月号 (p.124). Kindle 版.


憲法の議論でも、現実の行政の行為や法律が人権を制約するか否かが問題となるわけであり、その限りにおいて、目的審査における目的を、「その行為(法律)を実行することによって『(現に)実現された』利益・価値」に限定することは可能そうである。(見たことはないが)


当該行為(法律)によって実現されることのない理念や思想を掲げてそれが行為(法律)の目的であると主張しても、それは、「行為者にとっての最終目標を述べるものにすぎない」。

憲法の答案や準備書面で是非とも使いたいフレーズである。


そのような最終目標は、行為者の行為(法律)によって実現されていないのであるから、「行為者の行為(法律)は、その目標の達成手段になっていない」。

憲法の答案や準備書面で是非とも使いたいフレーズである。


したがって、そのような行政の行為(法律)については、「憲法の保障する人権を制約までして実現した目的の達成手段として相当であったといえるか否かを論ずる余地がない」。

憲法の答案や準備書面で是非とも使いたいフレーズである。


実現されていない最終目標は、行政の行為(法律)の目的として、「制約された人権と比較考量することもできない」。

憲法の答案や準備書面で是非とも使いたいフレーズである。


以上のとおり、憲法の答案や準備書面で使えそうなフレーズが満載である。

もちろん、憲法の答案や準備書面で書いたとして、それが評価されるかは別物である。憲法の答案については評価される可能性が高いと思うが、とりわけ準備書面に書いたとして、「畢竟独自の見解」として一蹴されるのがオチであろう。


というところで気になるのが、果たして上記見解は、検察官が主張し、弁護人が反論した上で最高裁が判断を下したものを、最高裁調査官が第三者として独自の視点で分析したにすぎないのか(その場合、畢竟独自の見解であろうと何ら問題はない)、あるいは、最高裁調査官が上記意見を付してペーパーを作成して最高裁判事による議論の俎上に挙げたのか(その場合、最高裁判事による議論に影響を与えたとすれば、問題が生ずる余地があるのではないかと思われる)、という点である。


まあ、「畢竟独自の見解」というのは、あくまで私の独自の見解であるので、そこは強い反論が想定されるところである。(問題の本質はそこではない)

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