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味覚
私はカップヌードルのトムヤムクン味が好きだ。大学生の頃に初めて食べた時はその独特の酸味に圧倒されて、食べられなかった。しかし、それから数年空けた頃に再チャレンジしてみると、その独特の酸味と辛みに魅了され、虜となってしまった。
そのトムヤムクンヌードルを2〜3ヶ月おきに食べる。それくらいのスパンがちょうど需要と供給のバランスがとれて、美味しいという印象で終われる。これが美味しいからと言って、週1とかにしてしまうと味に飽きてしまって、結果として食べる機会を遠のかせてしまうことになる。
私はトムヤムクンヌードルが好きだが、世の中にはそれが嫌いだという人も当たり前ながら存在する。それはそれぞれ味覚の好みが違うから当然である。
私はきのこ類全般が嫌いだが、きのこを愛してやまない人からしてはありえない話である。
だとすれば、本当に美味しいものってなんだろうと思う。100人が100人全員が食べて、全員が美味しいと思うものなんてあるのだろうか。
好き嫌いが存在するというのはそれぞれの味覚の違いによるものだが、味覚はそれを美味しいと思う基準やそもそもの味の感知の時点での差はあるのか。
A君とB君が同じものを食べても食べる人によって、その味の感じ方は変わってくる場合、A君が「この前、コンビニの〇〇って新商品食べたけど美味しかったよ」というPRをしても、B君が食べると微妙だなと思うことになる。それは単なる好き嫌いの範囲に収まることなのか。
最近、そんなことを考えていると迂闊に人に食べ物を進められないなと思うようになってしまった。
好き嫌いには、それまでの食経験も関係してくると思う。私が、トムヤムクンヌードルを改めて食べてから美味しいと思ったのも、それまでの期間に色んなものを食べて好き嫌いの幅を広げたりした結果だと思う。
あとは年齢。昔嫌いだったものでも大人になった今は好きになったというのも多いはず。それは味覚の変化と年齢による体が欲するものの違いからくるものかなと思う。
また、今ではコンビニやスーパーでカップ麺が買えたり、ファストフードが家にいながらも簡単に手に入ったりと小さい頃からそういった食材と触れ合う機会が増えていると思う。そういったものを小さい頃から食して言った場合の好き嫌いはどう変化していくのだろうか。
仮にその子が一人暮らしをするようになって、自分でご飯を用意できる場合何を選択するのだろうか。大人になって自分でご飯を用意する機会が増える中での食選択は、それまでの食経験に依存する。
自分が好きなものばかりを選んで食べても心は健康になっても体は健康にはならない。
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