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お先にどうぞ、の気持ち

自転車に乗っているとき、歩いているとき。目の前でどちらが先に行くか、みたいなときがある。自分が譲るか、相手が譲るか、というような。

譲ってよかったな、時間に余裕があるっていいわあ、と思うときもあれば。ああ、あのとき譲ればよかったな、やっぱり時間に余裕は持とう、と思ったり。


さあどちらが譲る?みたいな時。スミマセン!わたし急いでるんで!という気持ちでお先に行かせてもらうことがある。相手ももちろん急いでいるんだけど。

電車から降りるとき、急ぐばかりに目の前しか見えなくて、周りに高齢者や乳幼児を連れた人が見えていないこともあった。

こういうときって、だいたいあとで後悔してしまうんだよな。後悔というより、ずっとその場面のことが頭のなか残ってしまうのだ。

さっきぶつかりそうになって危なかったなあ、とか。先に行ってもらえばよかったなあ、とか。

そんなふうに考えてしまう時間を持つこと自体を減らしたい。そう考えると、譲ったほうが健康的。


どうぞお先にという気持ちがあるときに限って、相手もやさしかったりして。わたしが先!みたいなときほど、相手も自分が先に!みたいな人だったりする。


電車から降りて、大勢の人がエスカレーターに向かって並び始めたとき。入る隙間がこれっぽちも見当たらないとき。すっと無言で引いて入れてくれる人のやさしさに、じんわりすることがある。

ただ、譲ったり譲られたりして思うことは、そうしてもらうことは当たり前ではない、という気持ちは忘れないでいたいと思っている。

やってもらってあたりまえ、なんてことはないんだよな。こんなこと書いていると、やっぱり家族のことを思ってしまう。なんでもあたりまえなんてこと、ないんだよな。

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