読まなくていいよ
4月が始まってから、あらゆることがらがドッと降りかかってきて、自らで支配できない激流のなかにいた。ずっとノート書きたくて、何か文字にしないとなと思ってたんだけど何も思い浮かばず、今適当に打ち込んでいる。
なんだか私の人生は大学入学とともにおかしくなっちゃった。歯車が狂うってこういうことなんかな。息のしやすかった、楽しかった輝かしい毎日が苦しく鉛みたいな日々に変わった。大好きなひとたちが笑わなくなった。頑張ろうとしたらやり過ぎて疲れて動けなくなった。食べ物が飲み込めなくなった。好きなことが楽しくなくなった。なにもうまくいかないんじゃないかと思うようになった。
弱いのかな、私は。
こんなマイナスなことを書き出したいわけじゃないのに。
最近いきてるなあと思ったのは、久しぶりに好きな人が出来たこと。私は初恋の男をもう何年間も引きずっていて、男子はみんな友達!好きなんて感情は彼以外抱けない!って、思っていた。初恋は呪いだというが、私はその呪いをどこまでもどこまでも深めて、彼しかいないと言い聞かせていた。今でも、日記を読み返すと数々の記憶の断片がちらつく。教室の後ろの窓際の席、卒業アルバムに書いてある寄せ書き、二人で好きだったあの本、給食のとき机を隔てた向こうであなたが笑っていた。
思い出して未だに涙が出る。本気で好きだったから。だから、こんな恋もう二度とないんだろうなあと思っている。
大学。正直そんなに好きじゃない。いつメンもいるし、クラスも仲が良くてご飯に行ったり、みんなでディズニー行こうとか、まあ普通の充実した大学生をしている。けど、誰だって大学を出たら他人みたいに思える。夏休みにわざわざ会おうとは思わない。私のまわりの環境の不純さを、それによってダメになりそうな私自身を、知って欲しいと思わない。他人でいい。女の子たちは、互いに都合よく、仲良いよねって笑って男の子の前でかっこつける。かっこつけるために私の腕を抱く。
それで全然いい。だって高校と違うもん。
距離のある関係。大人になるにつれて、出会う人とそうやって一定の間隔が空くようになってしまった。
そのぶん「私」を持たないといけなかった。インスタグラムで楽しそうにバーやカフェや観光地に行く女の子たちに対抗する自分の軸が要った。彼女たちを見ていると、本当に楽しそうに思えるから。大学でぼんやりとした関係性を築いている私はもしかしたら本質的なところで外れているのかもしれないと思ってしまうから。
彼は編入生で、私のクラスに今年から入ってきたひとだった。好きになったのは、横顔がすごくきれいだったから。輪郭の線がシュッとしていて、目が鋭くて。心臓の柔いところをえぐるような切れ味のある視線。目が合うだけで息が詰まるようだ。
話していて、彼は確固たる自身があるんだって知った。言葉に迷いがなかった。飾らなかった。私はいつも自分をよく見せたくて嘘をついてしまうのに。へらへら笑ってしまうのに。
かっこいいなあと思った。
一緒に授業を受けた。インスタのDMで話した。それだけで苦しくて、ずっと胸の奥が張り詰めていて、声が震えるようで。
その目を見ているだけでどうしようもなく切なくなった。すきだ、と思った。帰りの電車の中で、夜景のうつるガラスに反射する自分の影を見ながら、確認していく。彼の好きなところ。声や笑顔や話し方。整った字、ふざけた会話。
搾り取られるようにいたい。でも、痛いのは恋だった。胸も心臓もくれてやる。あなたの視線で何度も傷つけてくれていい。くるしいのは、好きだからで、生きてるからだ。
電車が揺れている。居場所のない私の身体はどこに帰ろうとしてるんだろう、帰ってもなにもないのに。唯一かたちあるもの。私を生に留めるもの。それは今は彼だけだ。
六月になった。あつい。彼とは授業を一緒に受けている、話している、笑い合っている。
楽しくて、しあわせで、でも苦しくて切なかった。私おわりにしたかった。このままじゃ宙ぶらりんで鈍い苦しみが続くだけだと思った。ねえあのさ、ご飯一緒に行かない? 私、勇気を振り絞ってそういった。彼はびっくりして、それから困ったようにいった。おれ、彼女いるんだ。
ああそっかと呟いた声は掠れていて、なんでまだ先生来ないんだろういつもならとっくに来てるはずなのに、早くしてよと思う。喉のところで熱いかたまりが燃えている。うまくできたメイクも、かわいい服も、剃った腕もなにもかも意味がなくなって、私の意味がなくなって、無になる。
そっかあ、彼女いたんだあ、ごめんね一緒に話したいとか授業受けたいとかわがまま言って、うわマジで私よくないね、本当ごめんね。
へらへら笑った。嘘をついた。謝りたいんじゃないのに。ほんとは好きなのに。好きでたまらないのに。
かわらなかった。私は彼にはなれなかった。
揺れている。電車に揺れるように。私の軸。私の視界。泣いたら終わりだと知っている。あなたが全てだったと知っている。彼女がいるんだと、もう、私、知っている。ごめんね、拠り所にしてしまって、ごめんね。
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