いつか…
202X年、宇治の町も戦時下のためか、急にものものしくなっていた。
このたびの戦争について語ることは禁止されていないにせよ、一般には、はばかられた。
この辺は在日の人も多いからだ。
六平直政(むさかなおまさ)を十倍ぐらい恐くしたような国防軍の将官が駅前のマクドで新聞を広げて読んでいる。
その見出しには「尖閣海戦十二海里の攻防」と、でかでかとあった。
日本の国防軍はイージス艦を5隻投入し、制海権を尖閣諸島の西十二海里まで押し広げての攻防のことらしい。
テレビでもそのことばかりだ。
中華軍(人民解放軍のこと)は、フリゲート艦を十数隻投入してジグザグに南下、国防軍艦隊に楔(くさび)を打ち込むようにEEZに沿って進行してにらみ合いとなった。
ここ宇治市の大久保駐屯地には陸幕があり、尖閣防衛前線の参謀本部でもあった。
あたしの前で新聞を広げている幕僚もその一員だろう。
こんなところでアブラを売っていて、大丈夫なのか、心配だった。
第ニ次高市早苗内閣で憲法改正を成し遂げ、自衛隊は国防軍として組織再編された。
国民の三分の二以上が賛成してのことだった。
選挙権が十八歳で与えられ、国民投票で大きく躍進した保守自民。
この国の政府は、「次は大統領制の導入」に躍起だ。
名実ともに軍隊を持つ日本になったわけだが、どこかぎくしゃくしている。
戦争体験のない軍属ばかりで、その点においては中華軍のほうが勝っているのかもしれない。
「交戦権」は持たないという文言は新憲法九条にも盛り込まれてはいる。
戦争を仕掛ける「権利」は持たない、でも守る「義務」は果たす。
そういう新解釈で乗り切っているのだ。
国を守り、国民の生命と財産を守るのは国家の義務だということで、それにより戦火を交えることがあっても仕方のないことだという論理らしい。
国権発動としての武力行使ではないというのだ。
もはやこれには、反論する国民も司法もなかった。
もちろん、中韓は猛反発したものの、韓国は同盟国ということで矛を収めた。
竹島はだから、今も韓国が駐留している。
ある種の交換条件か、棚上げ論でそうなったのだろう。
しかし、中国は中華思想を推し進め、琉球も併呑(へいどん)してやろうと、野心を燃やしている。
習近平は恐ろしく狡猾(こうかつ=ずる賢い)な男で、軍が勝手にやったことのように傍観しながら、昨年ベトナムを騙して領土奪取に成功したように日本にも同じことをするつもりなのだ。
ベトナムは国境を中共と接しており、かつ海南島からミサイル攻撃を受けかねず、パラセル諸島(西沙諸島)の割譲を余儀なくされたのは記憶に新しい。
その後、釣魚島(日本名尖閣諸島)奪還のために、人民解放軍の王冠中中将麾下の黄海艦隊はロシア製退役空母、潜水艦を次々に投入していた。
ロシアのプーチン、北朝鮮の金正恩と連携して磐石の三国同盟を築き上げた。
それを許すほどアメリカは弱体化してしまった。
自由主義国は資金がないのだ。
そして、ついに今年の六月三日、戦いの火蓋は切られた。
手を出したのはお互い、相手の国だと譲らない。
中華海軍の哨戒艇を海上保安庁の巡視船が拿捕し臨検を日本が強行した。
領海侵犯の上、発砲してきたのだから仕方がないと、内閣が命じた。
華人兵に負傷者が出た。
かすり傷でも重傷だと新華社がネットで報じる。
国防軍のイージス艦「金剛」「妙高」「霧島」が電子照準を中華艦から当てられたのが端緒だったと新聞は書いている。
つばぜり合いのような砲撃はあったようだった。
双方にらみ合いで四日目に入ったのだった。
日本の初夏は蒸し暑い。
戦争が始まったばかりというのは、こうも平和なものなのか?
こんなことでいいのだろうか。
かくいうあたしは駐屯地に寄って予備役に志願した帰りで、近鉄大久保駅のマクドナルドに入ったところだった。
自衛隊法が国防法に変わり、まったく新しい兵役制度がスタートしていた。
「国民皆保険」のような「国民皆参加国防」というスローガンがぶちあげられているのでも明らかだった。
面接官に適性をきかれた。
一級アマチュア無線技士の資格とモールスができるので通信兵の予備役に志願する旨を伝えた。
「女性で、失礼だがそのお歳でモールスをおやりになるとは、頼もしいかぎりだ。ぜひお国のために、お力を貸していただきたい」
陸士長と名刺にあったその面接士官が慇懃にそう言った。
半時間ぐらいで書面を整えて、合格となった。
後日、形ばかりの健康診断と任官式があるそうだ。
式で夏服(開襟シャツ)と国防色のパンツかスカート、そして制帽が貸与されることになっている。
月に一度の訓練に参加もしなければならない。
階級は予備自衛官補というものだった。
総合無線通信士なんかのプロの資格でもあれば予備二等陸士で採用ということもあるらしい。
女性の志願者はあたしの他にはいなかった。
初老の男性が九人、面接を待っていた。
来るものは拒まないらしい。
予備役に志願して合格すると、いろいろ特典もあるのだ。
お米が毎月5キロもらえるとか。
徴兵はまだ実施されていないけれど、そのうちやるだろう。
志願兵はかなり優遇されるので、若者の志願が後を絶たない。
両親にまで手当てが出るのだから。
在日華人が駅前でデモ行進をしている。
駐屯地前でシュプレヒコールをやるのだろう。
嫌だな・・・
なんだろこの嫌悪感。
ヘイトスピーチはいけないとわかってる。なのに。
この空がいつまでも青いままでありますように。
あたしは、時代に流されていった。
護憲派だったのに、国民投票で敗北したときに折れた。
終わったのだ。
青臭い理想は捨てた。
守るべきは日本なのだと。
そう、自分に言い聞かせるしかなかった。
今日の妄想が現実になりませんように・・・
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