接点(9)
教授が「何度も」と宣言したように、私たちの枕元の屑籠には三つのコンドームが捨てられた。
「もう、堪忍してください」
「ぼくも、もう打ち止めだ。寝よう」
「はい」
三度目の絶頂を後に、私たちは睡魔に襲われ、前後不覚に眠りに落ちた。
翌朝、私は教授に起こされた。
なんと、私は教授に寝ながら犯されていたのである。
違和感を覚え、目を覚ますと、教授が私の上で腰を振っていたのである。
「やあ、起きたかい?」
「何やってんですかぁ」
「あまりに寝顔がかわいかったんでね」
「もう、やめてください。抜いてください」
「あと少しで逝くから」
私は、寝ぼけ眼で教授の突き上げに耐えていた。
物のように犯される自分を客観的に私は観察していた。
「ああ、娼婦ってこんな感じなんやろか…」
しばらくして、教授が「おお」と言って腰を引いた。
私の下萌えの上に少ない精液をこぼした。
ナマで差し込んでいたらしい。危ないなぁ…
「ちょっとぉ。ナマは止めてくださいって」
「ちゃんと外に出したよ」
そう言って、後始末をしてくれる。
時計は六時半を指している。
「起きましょ」「ああ」
今日は帰らねばならない。
七時になると、布団が片付けられ、朝ごはんの用意が運び込まれた。
私と同じ年齢くらいの仲居がすまして屑籠のごみをナイロン袋に捨てて持ち出した。
私は顔から火が出る気がした。
「お腹が空いただろう?」
「ええ。ひと仕事しましたから」と、私は笑った。
旅館の朝食はどこも似たり寄ったりで、ただ、みそ汁にまたもやカニが入っていたのには驚いた。
「ほんとカニづくしですね」
「まったくだ。ちょっと朝からカニはごめんだね」
なんて言っている教授だった。
チェックアウトして駐車場に向かう。
いいお天気である。
カメラを提げた男性客も同じ時間にチェックアウトして私たちを追い越していった。
ああいう一人旅もいいなぁと思った。
教授のクレスタに乗り込むと、「じゃあ、帰るとするか」と教授が独り言のように言う。
「安全運転でおねがいします」
「はいはい」
旅館の女将が車寄せのところで私たちを見送る。
わたしは手を振って「お世話になりました」と礼を述べた。
「お気をつけて、奥様」と返された。
私は教授の顔を見る。
ふと、前栽の茂みからさっきの男がこちらにレンズを向けているのが見えた。
「あれ?」
「どうした?」
「あの男のひと、私たちを写真に撮ってない?」
「どれ?まさか、バードウォッチングかなにかじゃないか?」
「そうかなぁ」
教授はまったく意に介さない感じでハンドルを切って旅館から一般道に車を転がしていった。
帰りは、私は疲れ切って助手席で寝てしまった。
教授も何も言わず、寝かせてくれた。
昼近くになって、
「あのファミレスでお昼にしよう」と起こされる。
私は、眠い目をこすりながら、あくびをする。
教授はまたハンバーグステーキセットを頼む。
私は、カレーライスにした。
ふと、食べながら駐車場を見ると、
「あの男」
私は教授に知らせた。
そいつは黒いセダンの運転席に座っている。こっちをちらちら見ているようにも見えた。
「ああ、確かに旅館でカメラを構えていたやつだな」
「どうします?問いただす?」
「いや、関わらん方がいい」
そう言うと、教授の表情が暗くなった。
私たちはつけられている…どんなバカでも気づくことだった。
黒のセダンは感づいたのか、ファミレスの駐車場から出て行ってしまった。東の方に向かったので私たちと同じ行先のようだった。
「あの…」私が口を開くと、
「ぼくも同じことを考えていたんだ」と、教授の方から言われた。
「奥様が仕向けたんではないですか?」
「おそらくね」
まったく同じことを私たちは考えていたのである。
教授の素行が不審だった奥様は、今回の「学会出席旅行」を怪しんで尾行を興信所に頼んだのだ。
「これは極めてやばいことだ」
と、珍しく教授が恐れている。
大阪から出たときからつけられていたと考えていいだろう。
すると、私たちが夫婦同然に振舞っている姿を写真に収めているはずだ。
玉藻荘別館の宿帳の記載だって、証拠として写真に収めているかもしれない。
私はどうしたらいいのか、考えがまとまらなかった。
発覚すれば、教授も私も責任を負わされるだろう。
そうすれば直人にも知れてしまう。
直人は私を許さないだろう。
私の両親も絶望するに違いない。
助手席で私は上の空だった。
ミラーの中に不審な車はいなかった。
私立探偵は、すでに十分な証拠を得て、さっさと帰途に就いたと見える。
私たちの会話はまったく弾まなかった。