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北の赤い星からの便り(3)

佐藤元(はじめ)というクラレの研究所から来た化学者が妙なことを言っていた。
あたしたち、日本人の北朝鮮奉職者には金銭的インセンティブを与えて国につなぎとめておくことはもちろん、そのインセンティブにしても人それぞれなわけだ。
あたしの場合、この国で不自由を感じない暮らしと、日本の書籍を取り寄せて自由に読める環境を求めたが、これがあっさりと認められた。
もっとも帰国の自由は認められなかったが、書籍は郵便であらゆるものが取り寄せられた。
そして佐藤さんである。
彼は、仕事のストレスを解消するために女性のお相手を求めたらしい。
最初は冗談のつもりだったが「喜び組」の絶世の美女を好きなだけ抱かせてもらえたという。
日本でなら女優かアイドルクラスの美人で、すべて佐藤さんの言いなりのサービス、性の奴隷ぶりだったという。
ロシア産のウォトカ(ウォッカ)にしたたか酔って口走った佐藤さんだった。
あたしは、それでも彼が一流の化学者であることを認めていたし、男なら当然だろうなと、冷めた目で見ていた。
あたしは「男」など御免だった。
たとえ美男子だとしてもだ。
受け身でセックスしても、男のほうが喜ぶだけだろうから。

あたしは短波放送を聴けるラジオを所持していた。
これは見つかったらヤバいかもしれなかった。
べつに隠し持っていたわけではなく、海外に行くときは必ずこのラジオを持っていくあたしの習慣だった。
「ラジオ日本」の日本語放送や「日本短波放送」を聴いて、懐かしがったり、この国の閉鎖的情報網に洗脳されないためにも必要だった。
電圧が合わないのか、外部電源が使えず、単三電池に頼るラジオだが、電池自体はこの国の売店でも手に入る。
当然、すべて中国製だったが…

入国の審査の際、あたしは期待外れなほど持ち物の検査をされなかった。
だからラジオは見つからずに済んだのだった。
後で知ったが、カメラの持ち込みにうるさいらしい。
勝手に撮影されて、国外に秘密が漏洩することを恐れたのだ。
ラジオはその点、この国の人民が聴かなければよいわけで、「外人」のあたしたちが聴くのは大目に見ているそうだ。

佐藤さんは、ほかの日本人男性も誘って、今日も「喜び組」と夜のアバンチュールを楽しんでいるのだろう。
「腰が抜ける」くらい、へとへとにされるそうだ。
病気とかは、大丈夫なのだろうか?

北朝鮮政府にしてみれば、女で日本の技術者をつなぎ留められたら、こんなに安い方法はないのである。

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