23時46分。神楽坂近くのバーにて。 高校からの友人と定期開催の晩酌。 この時期になると、決まって友人は病む。 当たり前のような休日出勤。深夜1時を過ぎても帰れない日々。社用PCの電源が落ちたあとは、息を潜めるようにノートパソコンを立ち上げ作業を続ける。労基もビックリ、典型的なブラック企業だ。 ウイスキーを掲げながら、 「絶賛13連勤中❤︎」 とにんまりと友人は笑ってみせたが、目の奥は死んでいる。 25歳。上京して東京暮らし。 社会人3年目ももう終盤。あっという間に4
私は私を卒業するの。たぶん。 もうすぐ春なんだって。下を向いて歩こう。暦の上ではもうすぐ四月。でも外は麗らかな春、なんかじゃない。って言うか私たちは空を見てはいけないから、空が今何色をしているのかもわからない。 私たちは空を見てはいけない。だって空には眼があるから。 私たちはきっと、上を向いて歩こうだなんて歌ってる平和な国の反対側にいるんだわ。 呑気な国が無責任に捨てた産業廃棄物だとか、車だとか、子供だとか、東京タワーだとか。そんなものばかりが降ってくる。空
叔父から譲り受けた店なんです。 深月さんはそういった。 思っていたより高い声だった。 コーヒー豆をミルで挽く。 ゴリゴリゴリという音だけが沈黙を破っていく。 喫茶店の一番奥の角の席。そこに僕は腰掛けていた。ここ3日くらい通っているけど、僕以外の客に出会ったことがない。隠れ家的な店内はとても静かだ。音楽はかかっていない。 ミルを挽くのを止めると、少しだけ開いた窓から入り込む風が緩やかに踊る音がする。 テーブルに落ちてしまった少量の粉末を手で払う間この店は実に静かであ