マイペースで生きること。
マイペースだね と言われると
およそそれは「協調性がない」と同義である。
女性はご存知の通り、基本的につるむ生き物である。
だが、あまりにも話している内容が自分に合わなくて、いまだに苦労している。
あれは10代の頃。
男子には理解できないだろうけれど、学校に行くと「誰のところにまず行って何を話すか」をシュミレートする。
ハブられない為に、機嫌を直接取るわけではない。いかにボス的なクラスメイトに目をつけられないか、無難に生き抜くにはどうすれば良いのか、が最重要課題だった。
勉強は二の次、三の次。
さらに次は「可愛いか、ブサイクか」の序列。
最下層は絶対嫌というプライドだけは高かった。
そんな自分みたいなのが集まってくると、独自の話題を保ち続けるグループが自然に出来てくる。
今で言う「ヲタなグループ」である。
だがトップカーストのリア充クラスメイトからはひっくるめて「アニメっち」と呼ばれていたのを知った。
もちろん侮蔑的に。
多分、我々は最下層だったのだろう。
(まあ、そのアニメっち呼ばわりした人は急にこっちにすり寄ったりしたのだが、それはまた別の話)
だが、やや侮蔑的に括られる方が、いじめられるより遥かにマシだ。
天国って程ではない。
およそ目をつけられない、実に心地よい場所が生まれた。
私は幸い(?)ヲタではなかったが、漫画はそれなりに描けた。
非常に喜ばれた。
あれは思うに「いじめ」回避の単なるサバイブだったんだな。
特段何かに熱中するわけでもなかった。というか、つぎ込めるほどのお金もなかった。一緒に同人誌を作ったり。
リア充にも、ヲタでもない、いうなれば「似非ヲタ」ではあったが、絵を描けるスキルは誰にも負けない自信があった。
だが、マイペースというのをそれから長らく忘れてしまう。
媚びることを優先するような生き方になってしまった。無難に生きようとした。
人間は環境に左右される生き物であるなあとつくづく思う。
特に日本の一般的な女子。
いじめられない為にサバイブしたってことにしよう。