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「よい音」に真空管は必要なのか? ――エレキギターより愛を込めて
考えなければならないことは多いけれど
ここまで、
問題提起を行い、
真空管サウンドのオルタナティブとして、
ダイレクト・イン・サウンド
JC-120
ライン録音
を紹介してきました。
ここから、さまざまな考察が可能だと思います。
サイケデリックかクリーンか
まず、紹介した順にBeatlesのRevolution、RADIOHEADのBodysnatchers、King Crimson(Adrian Blewe)は基本的にエフェクティブでサイケデリックなサウンドが特徴であり、
INCOGNITO(Bluey)、ベース用プリアンプを用いたサウンドは基本的にはピュアなクリーンサウンドが特徴です。
以上をふまえれば、真空管サウンド"ではない"音を目指すときのキーワードは"サイケデリック"と"クリーン"なのではないでしょうか。
ダイレクト・インでピュアなクリーンを作ってみる
もっといえば、ピュアなクリーンがあればこそ、サイケデリックなサウンドを作ることができる、といった方が正確でしょう。
例えばBlueyはピュアなギターのサウンドを求めて、ダイレクト・インを行うことがあると述べています(2017、『ギターマガジン 1月号』リットーミュージック: 52)。
つまり、歪ませないダイレクト・インのサウンドは、ピュアなギターサウンドだということができます。
そこから歪ませていくダイレクト・インによるサイケな歪みも、実はピュアなクリーンを前提としているといえるでしょう。
そのダイレクト・インのクリーンがあって、そのうえでミキサーに過負荷を与えて音を割る=歪ませることで、ダイレクト・インのサイケな歪みが生まれるのではないでしょうか。
まずBlueyが実践しているような、どんな倍音も足さないギター本来の音をアウトプットするクリーン、ともすれば平板なクリーンを作ることからはじめるべきなのかもしれません。
ジャズコーラスでも同じ
また、JC-120を考察した際に書いたように、あくまでJC-120の特徴は、ギターやエフェクターの個性をそのままアウトプットするピュアなクリーンだと結論付けました。
そのため、ジャズコーラスでも考えることは同じでしょう。
そのうえで、エフェクターである意味で過度な味付けをすることで、Adrian Belewのようなサウンドを作りだすことができるのではないでしょうか。
結論:まずエレキギターのみのサウンドに向き合う
ここまで、いろいろと書いてきましたが、結論づけるとすれば、次のようになるかと思います。
まずエレキギターのクリーントーンになにも足さない音を作り、そのうえでサイケデリックなサウンドを作りこんでいくことで、真空管サウンドのオルタナティブに到達することができる。
そして、もう一歩ふみこんで、サイケデリックな歪みを考えるのであれば、「歪ませる」よりもダイレクト・インのサウンドのように「音を割る」ということを念頭に置くとよいと思われます。
そもそも、ベーシストのようにアンプシミュレーターを用いないライン録りをほとんどしないわれわれギタリストは、実はエレキギター本来の音に向き合ってこなかったのではないでしょうか?
今井靖氏(Dr. D)は、エレキギターの"出音"について、「現実的な話、ギター:アンプ:キャビにおける出音の決定権の比率は1:4:5」と述べています。
ギタリストがアンプやエフェクターの音を語るとき、"ギター本来の音"というタームを使いがちですが、今井靖氏のいう"1"の音を本当に聞いてきたのでしょうか。
アンプから向こう側を排して、ダイレクト・インの音を聞いてみる、DIを使ってライン録りしてみる、まずはここから始めたいと思います。
残された課題:「よい音」は本当に真空管由来か?
もちろん、残された課題もあります。
われわれが思うあの「よい音」は果たして本当に真空管に"のみ"由来しているのでしょうか?
実は、真空管よりも重要なもっと別のファクターがあるのでは?
そのヒントは、トランスです。
まず、JHS PedalsのColour Boxは、ダイレクト・インのサウンドを再現しようとしました。
その中で、次のようにトランスの重要性が語られています。
高品位な Lundahl 製トランスフォーマーを採用していることで、高級なスタジオプリアンプを通さなければ得られないような重さと臨場感、立体感を音色に加えています。このトランスは低域をファットにし、複雑な倍音成分と豊かな中域、そしてスムースで丸みのある高域を与えてくれます。
"トランス"という観点からいえば、Cafe au Labelという"くるり"などがレコーディングを行ったスタジオでは、"ハイエンド・レコーディング機材"に着目し、高級トランスを用いた商品、"ニーヴくん"を販売しています。
これは実は、JHS Colour Boxのような"ダイレクト・イン"のサウンドを再現しようとして作られたものではありません。
以下の引用のように、ハイエンド・レコーディング機材だけでなく、真空管アンプでも高級トランスが用いられていることから、トランスがもたらすサウンド=「よい音」ではないかと考察から作られた商品です。
ほんとうにしっくり来る音とは、つまりはホンモノの音です。フェンダー、マーシャル、ソルダーノ、マチレス、アンペグ...。熱く激しくも甘く艶やかなエレキギターやエレキベースの音は、本物のアンプがあればこそ生み出されているものです。そんな高価な真空管パワーアンプにだけ使われ、そのまとまりのある滑らかな質感を生み出しているパーツこそ、「トランス」です。
ニーヴくんには複数種類があり、中にはギター・ベース向けのニーブくんも存在しており、試してみる価値はありそうです。
もし仮に、真空管サウンドの神髄が実はトランスにあるとすれば。
真空管サウンドのオルタナティブは、トランスとトランジスタのマッチングになるかもしれません。