真空管オルタナティブを探そう――ダイレクトインの音作り(EQ編)
以前から、真空管サウンドをみなが追いかけている状況に対して問題提起を行ってきました。
その上で、近年メキメキ精度が上がっているアンプシミュレーターを用いて、真空管サウンドとダイレクトインとの違いを明らかにしました(※1)。
結論は、80Hz以下の超低域と7.5kHz以上の超高域がカットされておらず、倍音の付加がないことが真空管サウンドに対するダイレクトインの特徴である、というものでした。
そして、
①真空管サウンドにならって、超低域(80Hz以下)はカットし、低域(100Hzあたり)は持ち上げる(※2)
②ダイレクトインの特徴である"ペラさ"を活かすため、超高域(7.5kHz以上)をカットしない
という方針を打ち出しました。
今回はその実践編として、EQをいじいじしつつ、
ダイレクトインで"使える音"="真空管オルタナティブ"
を作っていきたいと思います。
方法
私が持っているギターの中で最も一般的であろうヒストリーのテレ(アルダーボディ・メイプルネック・ローズ指板)のフロントピックアップ(シングル)で演奏し、比較します。
比較に際して、BOSS RC-1を用いてループさせているので、演奏による違いはありません。
また、クリーントーンだけでなく歪みサウンドを比較しようと思い、Zendriveを用いたクランチサウンド、Fuzz Smile(シリコンFuzz Faceのクローン)を用いたファズサウンドも比較の中に入れております。
それぞれエフェクターのセッティングは変えていません。
以下、写真の通りです。
Zen DriveはVol 9時、Gain 10時、Tone 11時、Voice 3時で、腰高なローゲイン、って感じです。
Fuzz SmileはVol 2時、Fuzz 4時、Tone全開、いわゆるシリコンファズフェイスの音で音量もぼちぼちブーストされるセッティングです。
また、EQはブースト中心の使い方をしています。
理由は、
①積極的に音作りするという意味がある
②一般的なカット中心の使い方をすると、「○○を強調するために××をカットする」といった操作になってしまうため、思考も文章も繁雑になる
というふたつ(※3)。
それに加えて、+12dbまでがっつり使って大げさめにEQをかけています。
この理由は、
①事前にいろいろ試してみた結果、(当たり前ですが)大げさな方が積極的な音作りとして効果が分かりやすく、音作りもしやすかった
②アンプシミュレータがダイレクトインフラットに対してかなり大げさな特徴を持っているため、それに合わせた
というふたつ。
最後に、音色をできる限り純粋に比較するためにも、録音したものはDAWに取り込んでいったんノーマライズして音量を最大化し、その上で聴覚上の音量(=いわゆる"音圧")をある程度あわせています。
(ただし、厳密にラウドネスを測っているわけではありません。)
EQをかける①とりあえず、フラット状態でアンプシミュレータと比較
まず確認として、改めてフラットの状態でアンプシミュレータ"あり"と"なし"を比べてみましょう。
※以下、すべての音源でクリーン→クランチ→ファズの順に収録しています。
アンプシミュレータ有
アンプシミュレータなし
ちなみに、EQはフラットな状態にしてオンにしています。
まぁ、アンプシミュレータなしのフラットなサウンドは、率直に言って"ペラい"、ってやつですね。
個人的には嫌いじゃないんですけどね。
ただ、やはりこのペラさは7.5kHz以上、特に真空管サウンド(=ここではアンプシミュレータ)では全く見られない10kHz以上の音が含まれているからと考えられ、真空管オルタナティブを探求するなら残すべき部分です(前回記事参照)。
ここで面白いのは、"シルキー"とされるZendriveであっても、若干のファズっぽさというか、荒々しさが出ている点。
これもまた、真空管サウンドでは削られる部分(10kHz以上)ですね。
そのため、真空管サウンドと差別化を図るためにも、クランチの"荒々しさ"をこの後の音作りにも活かしていくべきでしょう。
また、ファズサウンドは存在感抜群です。
レンジが広すぎて使いにくいですが、カラッとしていて圧倒的。
一方で、音が割れたようなニュアンスもあります。
これもまた10kHz以上が残っているためで、この後の音作りに活かしていくべき部分になるかと思います。
ともあれまとめると、10kHz以上(クリーンのペラさ・クランチの荒々しさ・ファズの割れたニュアンス)を活かすような音作りをしていくべき、ということでしょうか。
EQをかける②まずは低域の処理
いずれにしてもまず方針通り、80Hz以下をローカット、100Hz付近を軽くブーストを試していきましょう。
(オンにするとLEDがまぶしすぎてまともに写らないので、オフ状態で写真を撮っています。)
ある種のペラさはありますが、より"太さ"が出てきました。
また、ベースを邪魔するような低音もありません。
悪くないんじゃないですかね?
クリーントーンについて、ペラさがカリッとした印象に変換されているようです。
ハイファイ・ファンク(Incogniteとかあの辺のジャンルを勝手にそう呼んでいます。)をするなら、これくらいカリッとしていても良さそうです。
クランチでもやはりカリッとしているのですが、フラットの際に感じられた荒々しさはローが出た分ひっこんだ印象。
それでも、J-Pop志向のバンドでロックっぽいカッティングをするならありかもしれません。
ファズは、フラット状態にくらべるとかなり暑苦しくなりました。
割れたようなニュアンスは残っているのですが、若干低音出すぎな印象はぬぐえませんね。
ファズサウンドで使うなら、フラットにするか、80Hz以下のカットのみにするほうが良いかもしれません。
EQをかける③超高域(8kHz以上)の強調
では、ダイレクトインの特徴であった超高域を強調したいと思います。
これで、暖かいと形容されがちな真空管サウンドとは異なる、硬質なサウンドを一応作ることはできました。
クリーントーンはペラさが強調されてそこはかとないアコギ感、それも安めのエレアコみたいな印象もありますね。
箱鳴りのないアコギ、というのが適切かもしれません。
クランチにかんしてはやはりというか、さらにカラッとカリッとした印象があります。
また、真空管オルタナティブとして特徴づけた荒々しさも際立ってきています。
J-Pop志向のバンドでロックっぽいカッティングをするならあり、という点には変わりないですね。
ファズサウンドは、音が割れてバッキバキでサイケな感じがしてきますね。
この音が割れたようなサウンドはアリです。個人的には。
また高域が出た分、相対的にローが目立たないので、ベースとの喧嘩も避けられそうです。
ただ、ちょっとあまりにもハイがキツいところがあるので、超高域を強調するのではなく、ペラさを残しつつトレブルを強調してみます。
EQをかける④トレブル(2kHz~4kHz付近)の強調
写真にある通り、2~4kHzを強調するために8kHzを前回に比べてカットし、ダイレクトインを強調するためにハイエンド=16kHz以上をがっつりとブーストしています。
おそらく、全体として最も使い勝手のよいダイレクトインのサウンドを作ることができたのではないでしょうか。
まず、クリーントーンはかなりカラッとしていますが、カリカリしすぎない程度に落ち着いています。
今回は使っていないのですが、コンプ等をがっつりめにかけて、ファンクとかするとよさそうです。
もちろん、JBとかの頃のオールドなファンクは難しいとは思いますが、やっぱりハイファイ・ファンク向けですかね。
クランチは、"コシもありつつ荒々しさもありつつ"、といったサウンドになりました。
ただちょっと、腰高な音過ぎたかもしれませんが、その辺はゼンドライブのセッティングを詰めることで対応したほうがよさそう。
改めてアンプシミュレータ有のクランチサウンドと比較すると分かりやすいのですが、ファズ感がありますね。
ファズは、やっぱりサイケな感じがしますが、超高域を強調したものに比べると少し落ち着いたサウンドです。
またこちらも高域が出ている分、相対的にローが出てないので、そこまでベースと喧嘩することはないでしょう。
おわりに
一応これで、硬質かつ平板ながらも使いどころのあるサウンドになったのではないでしょうか。
個人的な結論としては、超低域(80Hz以下)はがっつりカット、低域(100Hz付近)をがっつりブーストして太さを稼ぎつつ、トレブル(2~4kHz)を強調してカラッとさせつつ、16kHz以上もまたブーストして歪ませた際の荒々しさを前面に出していく、そんな形のEQが使い勝手良い印象を持ちました(※4)。
ちなみに、私がループパフォーマンスをする時は超低域をカットせず、むしろがっつりブーストさせたうえで、トレブル強調しています。
ベースもドラムもいないので、こうして迫力を出したほうが弾いてて楽しく、音圧も上がるのではないか、と考えるからです。
いずれにしても、比較してみておもしろかったのは、シルキーだと言われるZendriveによるローゲインサウンドであってもチリチリしたファズ感が出てくる点。
今までのZendriveとは異なる新しい表情を見た気がします。
また、ファズは硬質で平板な音もわりと許容される世界だと思うのですが、そういう意味では、ダイレクトインのファズサウンドは結構受け入れやすいかもしれません。
何しろ、ダイレクトインの記事で紹介したのはファズ(的)サウンドでしたし。
ただ、もちろんまだまだ自信をもって、これこそが万人に受け入れられる「真空管オルタナティブです」と答えられる水準には達しておりません。
しかし、こうやって音を作りながら比較していく動画を作っていると、どの音にも使いどころはあるといえるのではないか、という感じがしてきます。
実は、これこそが"真空管オルタナティブ"を考えることの意義です。
「真空管アンプの音が至高である」という、暗黙の常識をいったんカッコに入れて、常識にとらわれない音作りをしてみる、そしてその音の使い道を考える中で、さらに新しいサウンド、音楽が生み出されていく、こういったことが起きてくると、エレキギターの世界はもっと楽しくなるはずです。
新たなサウンドが新たな音楽を生み、新たな音楽がさらに新たなサウンドを求めていく、こういった循環こそエレキギターが発展してきた歴史だったのではないでしょうか。
今後の課題
改めて「真空管サウンドは本当に真空管に由来するのか?」という問題は残されたまま。
今井靖氏(Dr. D)が、エレキギターの"出音"について、「現実的な話、ギター:アンプ:キャビにおける出音の決定権の比率は1:4:5」と述べていることを考慮すれば、実は真空管サウンドはキャビ由来かもしれません。
Cafe au Labelさんが主張するように、よい音はトランス由来かもしれません。
次、
①真空管アタッチメントをつけたうえでダイレクトインし、キャビネットシミュレータを入れなければどのようなサウンドになるのか
②トランスを噛ますことでどう変わってくるか
について、機会があれば考察してみたいと思います。
※1 前回記事で、アンプシミュレータを真空管サウンドと仮定するのは果たして適切なのか、という議論を見過ごしておりました。何しろ、Helixなどのシミュレータをより本物の「真空管サウンド」に近づけるために真空管アタッチメントを使用する人がいらっしゃるぐらいなので。
ただしこの点を考えるなら、真空管アンプをきちんとマイク録りした音とダイレクトインのサウンドを比較することの困難さを考慮に入れるべきです。
ダイレクトインで直接DAWに取り込んだものと、アンプを通してマイクを通ってDAWに取り込んだものを比較することを考えてみましょう。大きな問題として、部屋の鳴りが一切入らないダイレクトインと、部屋の鳴りを考慮すべきマイク録りをどう比較するのか、という点が立ち上がってきます。この点を自分で作り上げるよりは部屋の鳴りを含めて理想状態をシミュレートしているアンプシミュレータの方が比較しやすいのではないでしょうか。
このように思考を進めていくと、比較に際して揃っていない条件が多すぎることが問題の根本にあることが分かります。そうすると、今後の課題にあるような、「真空管サウンドは本当に真空管由来か?」という問題に突き当たります。
※2 バンドの中で、と考えるなら、100Hz付近のブーストは必要ないかもしれません。
※3 このふたつの理由から、DAW上やライブでのPAなどでミックスするときは別として、足元のEQを使うのならブースト中心の音作りの方がよい、と考えています。
※4 もちろん個人的な結論です。16kHzを強調しつつ、250~500kHzのローミッドあたりをブーストするのも、太さ・暖かさがありながらもキラっとする部分=ある種の冷たいサウンドもありつつ、といった相反するものが同居するサウンドが作れます。
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