嘘とホントの三題噺
1,600字でまとめる。
そう書き出しで宣言すれば「ムダに文章長くなる問題」が解決すると思ったら甘い。
だがそうでもしないと無限に駄長文を書いてしまう鳥アイコンだ。今日は意を決して書いた。
と、こうしてる間に100字を超えている。
上記の宣言が嘘にならないよう急いで本題に入ろう。
「全部ウソ」という信頼感
最近コンビニで「空想果実」というグミを買った。
「空想上の果実の味」がコンセプトのこのグミを見て、「最初から全部ウソ」というスタンスが逆に一番正直だなと思ったのと、この世に無い果物の設定が細かく書いてある遊び心に惹かれて反射的に買ってしまった。
で、それに関連して「嘘」に対する個人のスタンスというか、扱い方、接し方、味わい方って個性が出るなと思ったので、直近で心の動いた出来事と紐づけて文でも書こうと思いついたのが数時間前の電車内。
そして字数はもうすぐ400字を数える。
プロレスは嘘の芸術
10/9(月)、Abemaの配信で新日本プロレス「SANADA対EVIL戦」を観た。
一言でいうとこの試合は、数年前までタッグを組んでいた2人がその後別々の道に進み、色んな因縁の末についにタイトルマッチで正面衝突する…というストーリー性の深いものだった。
しかし、プロレスに興味がない人ほどこういう事を言う。
「え、あんな大振りの技、普通に避けれるよね?笑」と。
これは『どっちの服が似合うと思う?』と聞く彼女に「局部隠れてりゃ同じじゃね?」と返すぐらいギルティで、野暮すぎてボヤが起きるくらい野暮である。
というのも、僕の好きなプチ鹿島氏の著書『教養としてのプロレス』の論を借りれば、プロレスの醍醐味は「半信半疑を楽しむ」ことにある。
どう見ても簡単に避けられる大振りな技を、派手なメイクとキャラ付けをした良い大人達が打ち合い、一撃喰らうごとに「オオォ~!」と派手に呻いて痛がって見せる。
もちろんそこに嘘はある。
それこそさっきのグミじゃないが、キャラもメイクも反応も全てが嘘かもしれない。
しかし、流れる汗に弾む息、打たれて赤く腫れた身体、相手の頭上に担がれたレスラーがリングに叩きつけられる時のド派手な轟音に嘘を疑う余地はない。
それらを見て観客の脳裏には(もしかしたらこの2人、本当にいがみ合ってるのかもしれない…)という半信半疑が生まれるし、そのどっちつかずな憶測を0か100かに振り切らず、あえて半信半疑のまま楽しむのがプロレスの本質だと僕は思う。
一方、本試合でいわゆるヒール(悪役)として反則の限りを尽くしたEVIL選手が、自身がダメージを負わせたレフェリーからカウントを取ってもらえないという因果応報の仕打ちを受けた際の顔芸はこの日一番のハイライトで、若手の頃の好青年すぎる姿を見ては、ここからあの見事なヒールっぷりを魅せるまでの努力と進化に一切の嘘はないなと敬服する。
嘘はとびきりの愛
10/7(土)、ある大手グループのアイドルが男性との密会を文春に撮られて話題になった。
そのグループは自分も何度かライブに行ったことがあったので自然と目を引いた。
この手のアイドルのスキャンダルは出る度に色んな事を考えさせられる反面、迂闊に変な物言いをすると見知らぬ輩に攻撃されそうで怖いな、といつも思う。
それこそ「アイドルと恋愛」という手垢の付いた話題を今ここで論じる気は無いけれど、大衆に理想化された自分を演じ続けなくてはならない当人の苦しさも想像すれば、これまでそのアイドルに少なくない時間と金銭を費やしたファンの失望も理解できる。
そんな喧噪も露知らず人気の流行歌は「嘘はとびきりの愛」と歌うけど、現実のそれは0か100かじゃなく、「嘘の中の真実」かつ「真実の中の嘘」だからこそ輝くと改めて思う。
願わくば愛を持って半信半疑を楽しむ気持ちはずっと失わずにいたいし、とりあえず「1,600字に収める」という宣言が嘘にならなくて良かった。