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ちょっと未来の生き方vol.05「物を運ぶ者、死者を送る使者」

 未来の配達業は、ほぼ全自動になっていた。ドローンや自動運転トラックが、町中を網の目のように飛び交い、商品を正確に運ぶ姿は、もはや日常の風景だった。しかし、その完璧なシステムの中でも、どうしても人間が必要な仕事が残っていた。つまり、最後の一押し、玄関先までの配達だ。
 岳(がく)はその「最後の一押し」をする運び屋だった。彼の仕事はシンプルだ。自動運転トラックから荷物を受け取り、ドアまで運び、受取人に手渡す。ただ、彼の働く地域は、過疎地だった。受け取りの相手は高齢者が多く、彼の顔を見ると皆が嬉しそうに「やっと人間が来た」とばかりに話し始める。岳は苦笑しつつも、やりとりが嫌いではなかった。
 「いやー、ドローンじゃ話し相手にならんからね、ありがとうね、岳くん」と、村の長老の一人、加藤さんはいつも言う。
 岳は「いえいえ、加藤さん。まあ、俺も話し相手がいないと寂しくなっちゃいますし」と、軽く笑って答えるのが常だった。
 そんな平凡な日々が続いていたが、ある日、配達先で異変が起きた。いつものように過疎地に向かい、荷物を届けようとドアをノックしても、返事がなかった。これまで何度か、老人たちが昼寝中だったり、耳が遠かったりすることはあったが、何度ノックしても静まり返っている。ふと、ドアを押すと、簡単に開いた。
 岳は慎重に中に入ると、リビングの椅子に座ったまま動かない加藤さんを見つけた。
 「加藤さん、荷物ですよ!」声をかけても返事はない。岳はゆっくりと近づき、そして気づいた。
 加藤さんは、もうこの世の人ではなかった。
 不思議なことに、冷静でいられた。むしろ、その場で岳が思ったのは、「俺、この荷物、どうすんだ?」ということだった。荷物は加藤さんが生きていたら、きっと楽しみにしていたであろう、食料の詰め合わせだった。
 翌日、葬儀屋の人が来て、加藤さんを連れ去っていったが、岳の心には奇妙な感覚が残った。生きていた人が、突然いなくなる。それが何か、心の中で引っかかった。
 それからというもの、彼は荷物を運びながら、時折孤独死した老人たちに遭遇するようになった。岳の業務は、だんだんと「荷物の配達」よりも「最後の確認」になりつつあった。
 「うーん、俺、何のためにこれやってるんだろうな」と、ある日、帰り道で呟いた。おかしなことに、ドローンに助けられても、結局最後は人間が物を運んでいる。そして、その人間が、死んでいく人たちを見送る役割を担っている。
 次第に岳の心に変化が生まれた。物を運ぶこと以上に、人間の生と死、その境界に立つ仕事に意味を感じ始めたのだ。
 ある日、岳は配達先でまた一人の老人が亡くなっているのを見つけた。その時、彼は葬儀屋に電話をかけるのではなく、静かに老人の手を握り、最後の時を見届けた。
 「こういうの、なんかやりがいあるのかもしれないな」と、ふと漏らしたその一言が、岳の転機となった。
 納棺士という仕事があることを知ったのは、それからすぐだった。彼は、遺体を棺に納める最後の仕事、つまり「死者を送る仕事」に興味を抱いた。物を運ぶだけではなく、その「終着点」に関わりたいと思ったのだ。

 一年後。
 岳は納棺士になっていた。荷物を運んでいた日々の経験が、彼にとって何の役に立つのか最初は分からなかったが、今は納得している。「物を運ぶことと、死者を送ることは、どこか似ている」。どちらも、その人が必要とするものを、最後まで運ぶという仕事だ。
 ある日、彼が訪れたのはかつて加藤さんが住んでいた村の、別の家だった。葬儀の準備を終えると、遺族がぽつりとつぶやいた。
 「岳さん、あんたが物を運んでくれた時の話、よくしてたよ。あの世でも、誰かが荷物を届けてくれるといいんだけどね」
 岳は笑った。「まあ、天国にもドローンは飛んでないでしょうからね。俺が届けに行くしかないですね」
 皆が静かに笑い、そして、またいつものように、岳は次の仕事へと向かう。
 彼の心には、物を運ぶ者から死者を送る使者へと変わったという自覚が、静かに息づいていた。

 配達の仕事をしていた時代が懐かしい。ドローンや自動運転トラックに混ざって、地上でこつこつと歩き回っていた日々。今も同じように歩いているが、その歩みは少し違う。   
 目の前にいるのは荷物ではなく、人生そのものを見送る大切な人々だ。
 岳は今、笑顔で納棺士として働いている。物を運ぶ者から、死者を送る使者へ。変わりゆく未来の中で、人間らしさを保ちながら、彼はその役割を果たし続けている。

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