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やつちまつた悲しみに イヤホン水没記

やつちまつた悲しみに
今日も泡水の降りかかる
やつちまつた悲しみに
今日も熱風さへ吹きすぎる

やつちまつた

本当に悔やまれてならない。
あんなに大事なものなのに。

「愛してる」とさえ、公言していたのに。自らの手で葬り去ってしまった。

ノイズキャンセル機能付きのワイヤレスイヤホンを洗濯機で洗濯し、トドメに乾燥までしてしまった。

ワイヤレスイヤホンを外し、ポケットに入れた時、「忘れそうだな」すぐさまそう思った。いつもそうだから。

2階から1階へ運び降りたいものがあったので、両手が塞がる。手に握ってはおけない。1階で荷物を離したらすぐにイヤホンをポケットから取り出せばいい。忘れないよう気をつけよう。

そう思ったのが甘かった。

たった10数段程の階段を降りる間、時間にして3秒。

1階へ降り立った時には、もう、ズボンのポケットの中に突っ込んだイヤホンのことは綺麗さっぱり忘れていた。

「気をつけよう!」そう思った3秒後には完全に失念していた。

用事を済ませ、風呂に入り、夜のうちに洗濯を1度終わらせておこうと、脱衣かごの服を洗濯機に入れ込む。

その時、今日履いていた自分のズボンも目にしている。それでもイヤホンのことは思い出せなかった。

洗剤を入れ、乾燥までのボタンを選び、洗濯機を回す。

この時はまだ、明日の洗濯1回分を今日に前倒しし、明日の家事をひとつでも減らす、自分へのプレゼントだなんて思っていたくらいだった。

まさか1時間後に絶望が訪れるとも知らずに。

しばらくして、寝室に移動しようとイヤホンのケースを探した。眠るこだぬきずの横で、しばらく音楽を聴いてから自分も就寝しようと思った。

充電中だったイヤホンケースを見つけ、さあイヤホンを装着しようと蓋を開けてギョッとした。

普段なら、空の充電器を見ても、「あら?」と思うことはあっても、「ギョッ」とすることはない。

瞬時に、洗濯機で回るズボンのポケットの中のイヤホンに思考が繋がったに違いない。

それなのに意識は「信じたくない」という強い願いを優先し、気づかないフリをした。

「ぎょっ」としながら、「イヤホン」どこだ?などと思っていた。

最後に使ったのは、確か寝室で、その後耳から外して、ズボンのポケットに入れた。その後、どうしたっけ?なんて、まだ意識は気づかないフリをして、部屋の中を探し回る。

部屋の中なんて探したって意味が無い。洗濯機で絶賛回転中。

そして意識も観念したようで、「まさか洗濯機?」とようやく思い至った。

恐る恐る乾燥過程に入った洗濯機を止めて、手動で洗濯機を回す。なにか異物があれば、いつもなら「カランカラン」と乾いた音がする。

「音がしないんだから、きっと洗濯機じゃない」

往生際悪く、洗濯機の中で乾燥にまで至っているという現実を受け入れられない。

軽く洗濯物を出して、「うん、ない!きっとない!」そう自分に言い聞かせて、もう一度蓋を閉めて乾燥を再開した。

部屋に戻り、椅子に腰かける。気づいてしまっている意識がたぬきちに呼びかける。

洗濯機だよ。

そう。洗濯機だ。もう一度乾燥を止め、今度は全ての洗い物をドラム外に出した。

ドラムの中は暗く、中の様子がよく見えない。手動でドラムを回しても、音はない。

そして、もう一度目を凝らしてドラムの深淵をのぞく。ドラムもまたこちらをのぞいている。

小さな黒いものが見えてしまった。

手を伸ばすと簡単にドラムから離れた。充電器と磁石で接続する仕組み。その磁石で、ドラムにピッとくっついて、なんの音も立てず、健気に回転、水流、乾燥に耐え続けていた。

乾燥も終盤に差し掛かっていたため、イヤホンはすっかり乾いていた。願いを込めて、両耳に装着した。

すると聞きなれた女性の声で
「接続中」とイヤホンが言う。

しかし、同時に、
ごおおおおおおおおおおおおおおお
という暴風雨のような音も聞こえている。

明らかにおかしいが、音楽を聴いてみようと、スマホを操作する。

確かに音楽は聞こえる。
でも、
ごおおおおおおおおおおおおおおお
がでかすぎる。

いや、本当に外で暴風雨が起こっているんじゃないか?むしろ暴風雨であってくれ!!!

しばらく、ごおおおを聞きながら、「ノイズキャンセルどころか、ノイズしか聞こえない仕様になつちまつた」と茫然自失した。

高価なイヤホンを壊したことに、ガッカリしたが、実の所、3秒前のことも覚えていられないお粗末な自分の脳に大きく絶望したのだった。

やつちまつた悲しみに
今日も泡水の降りかかる
やつちまつた悲しみに
今日も熱風さへ吹きすぎる

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はたらくたぬきち
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