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宇宙のコンビニ
『ドロボーちょう』
他人の物を黙ってとるのは泥棒で、泥棒から取り返すのは、泥棒ではない。この『ドロボーちょう』一本、小脇に挟んで行けば、どんな困難な状況でも、取られたものを難なく取り返すことができる。
ただし、悪事に使おうとすると、その切っ先が自分の方を向くので、ご用心。
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村に風変わりな男がやって来た。大泥棒にして魔法使い、その男は、村中の乙女のハートを盗み、砂糖壺の中に閉じ込めた。その砂糖で作ったチョコレートを食べれば、乙女のハートを独り占め。山のお城に住むお殿様に差し出し、領地の半分治める大臣になるのが狙い。
乙女が一人、宇宙のコンビニに駆け込んで来た。
「恋人の心が、泥棒に盗まれました。取り返すのに役立つ物はありますか?」
目をギラギラ輝かせ、乙女が言った。
「いらっしゃいませ、お客様。」
私は、宇宙のコンビニの店長。お客様を落ち着いてお迎えする。
「私の恋人は、うっとり夢見る美しさ。私が一緒に居るのに、泥棒は、私の恋人の心を盗んで逃げました。以来、恋人は、魂のない人形同然、どんなに私が呼んでも、振り向かず、穴のあいた瞳で、空を呆然と眺めているのです。早く心を取り戻さなければ、山の上の殿様に差し出されてしまう。考えただけで、ゾッとしますわ!」
乙女は、凛々しい眉を、ぐっとしかめた。
「こちらへどうぞ。あなたを助けるものが、必ず見つかるでしょう。」
私は、乙女を店の奥の林へと案内した。
乙女は、林を見るなり、
「こんな広いところを、今から一人で探せ、と言うの!? 一体、どれだけ長い時間がかかることでしょう!! あなたは、このお店の人なのだから、私より速く、それを見つけ出すことができるでしょう? ならば、客の為に、店長が探してきてくれたら、どう?」
乙女は、短い髪を振り、険しい目で、こちらを見た。
「本当に望むものは、自分の力で探さなければ、手に入れることはできません。ひとから与えられたものは、肝心な時に消え去り、決して手元に残らないでしょう。早く早く、と急くならば、その分早く出発し、一秒も無駄にせず、見つけ出すのです。それが、最も速い方法です。」
私が言うと、乙女は物も言わず、林の中へと駆け込んで行った。
乙女はその足で、すぐに林から出てきた。
「なんて物騒な林でしょう! こんなものが、にょっきり、木々の隙間から出てきました。」
そう言って、握りしめた包丁を私に渡した。
「これは、『ドロボーちょう』。取られたものを、楽に取り返すことができます。」
「それだわ! それが私の望んでいたものよ!」
乙女は、自分のズボンのポケットから、金貨をいくつか掴み出した。
「これには、様々な国のおまじないの力が宿っています。私は、そういうものが好きで、集めてきました。私の手に渡るまで、数多くのまじない師や占い師が持ち主になり、どれほどの奇跡を起こしてきたか、知れません。私が、今、ここに来られたのも、ひょっとしたら、この金貨のおかげかもしれない。」
そう言うと、それらの金貨の全てを私の手に握らせた。
「お願い。今、これしか持っていないの。これでこの包丁を譲って下さらない?」
乙女の真摯な眼差しが、私の目を射た。
私は、年代もデザインも不揃いの金貨を懐にしまうと、『ドロボーちょう』を乙女に渡した。
乙女は、切り立った崖の側に建つ、泥棒にして魔法使いのアジトにやって来た。窓から中を窺えば、泥棒魔法使いは、大鍋の前に立ち、中身をぐるぐるかき混ぜていた。
「しまった。カエルの目玉を切らしていた。」
ぶつぶつ、独り言をし、部屋を出て行く。
(今だ!)
乙女は、窓から部屋に入り込み、恋人と乙女らの心の入った砂糖壺を探す。
「君、そこにいるの? 僕を助けに来てくれたんだね!」
乙女だけに聞こえる懐かしい恋人の声が、戸棚から響いてきた。
乙女が戸棚を開けた瞬間、
「どこから入って来やがった、この泥棒猫め!」
泥棒魔法使いが、ドアの入り口で声を張り上げた。
乙女は、一瞬、恐怖で体がすくむ。すると、
「やい、大人しく両手を上げ、床にうつ伏せろ! ガタガタ抜かすと、その腹に口が開くぜ!」
手に持った『ドロボーちょう』が、ドスの利いた声を轟かせた。泥棒魔法使いは、まるで催眠術がかかったように、床にうつ伏せた。
乙女は、すぐさま、戸棚から赤い砂糖壺を見つけ出し、抱える。
「おっと、そうはさせるか!」
身を引き剥がすように起き上がった泥棒魔法使いが、乙女に向かって、魔法をかける仕草をした、その瞬間、
ズボリ、と、『ドロボーちょう』が、その腹を刺した。
バタリ、と泥棒魔法使いが床に倒れる。
「そんな、まさか!」
乙女が駆け寄り、息を確かめる。
すやすや、寝息が聞こえる。泥棒魔法使いは、眠り込んでいるのだった。
乙女は、山を駆け下り、村へ帰り着くと、砂糖壺の砂糖を、乙女らと恋人に振りかけた。たちまち活気が戻り、微笑みが溢れる。
「君、大変な思いをしたね。ありがとう。」
恋人のとろけそうな笑顔に、乙女は、はにかんで、
「だって、私、一生懸命だったんですもの。」
こっそり、『ドロボーちょう』をベッドの下にしまいこむ。
もし、再びあの泥棒魔法使いがやって来た時の用心に。
しかし、いつ、あの男が目覚めるかは、『ドロボーちょう』の知ったことではなかった。
(おわり)