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宇宙のコンビニ

『風マント』

 風になることと、空を飛ぶことは、似ているようで同じでない。風は、疲れ知らずで、強さは計り知れず。時には、波すらひっさらい、世界を渦に巻く。この『風マント』をはおれば、その風と一つになり、自由気ままに飛び続けることができる。ただし、気まぐれな風は、時に無風状態になる。突然止まって谷底に落下……することがないよう、祈るばかり。

『風マント』

 宇宙のコンビニにナメクジの旦那がやって来た。葉巻代わりの草の穂をくわえ、
「わしは、地面をノロノロ這い回るのが嫌になったんじゃ。風のように自由気ままに空を飛んでいきたいんじゃ。」
 と、言った。
「いらっしゃいませ、お客様。」
 私は宇宙のコンビニの店長。小さい体から大きな声を出すナメクジの旦那を迎え、尋ねる。
「あなたは、新鮮な葉っぱが好物なのではありませんか? 空を飛んでいたら、葉っぱは食べられませんよ?」
 すると、ナメクジの旦那は、
「一つの畑にいると、人間がやって来て殺虫剤をまいたり、塩をかけたりして、わしらを畑から、ポイ、と捨てる。空を飛べたら、世界中の色々の畑に行き、おいしい葉っぱを食べることができる。畑ばかりではないぞ。山や草原や、わしの知らないうまい葉っぱは、外にもたくさんあるに違いない。」
 と、益々元気に言った。
「では、こちらへどうぞ。あなたの望みを叶えるものが見つかるでしょう。」
 私は、ナメクジの旦那を店の奥の洞窟へ案内した。ナメクジの旦那は、洞窟を見ると、
「ここは広そうじゃ。広い、ということは、探し物に手間がかかる、ということじゃ。わしは、この通り、ゆっくりしか進めんのに。」
 ナメクジの旦那が、ぐずぐず言う。
「早くも遅くも、あなた次第。早く見つけたいなら、早く取りかかることです。」
 私が言うと、
「では、行くこととしよう。」
 ナメクジの旦那は、洞窟の壁を這って、奥へと進んで行った。
 ナメクジの旦那を待つ間、あくび三回、逆立ち五回やった。それでもまだ現れないので、もう一度逆立ちしようか、考えていた時、
「おーい、こんなものを見つけたんじゃが。」
 と、ナメクジの旦那が、片方の目にヒラヒラの布を引っかけ出てきた。私は、ナメクジの旦那から、それを受け取ると、
「これは、『風マント』。風と共に自由自在、飛び回ることができます。ただし、風が止まったら、まっ逆さまに落ちます。風が止まりそうになったら、先に下へ降りることです。」
 と、説明した。ナメクジの旦那は、大喜びで、
「おお、そういうのが欲しかったんじゃ。」
 と、にじり寄ってきた。
「その前に、代金をお支払下さい。」
 私は、ナメクジの旦那に言った。
「代金じゃと!? このわしに代金なんぞあると思うか?」
 ナメクジの旦那は、目玉を上げたり下げたり繰り返した。
「あなたにとって、この『風マント』と同じくらい価値のあるものが、代金です。誰にだって、大切なものがあるはずです。」
 すると、ナメクジの旦那は、
「おお、そうじゃ。これのことを忘れておった。」
 と、口から銀の珠を取り出した。
「夜露には、月の光が宿っておる。夜露を飲むとき、そのわずかな銀の光を喉の奥で取り出し、集めてきた。わしがちっちゃな子供だった時から今まで、集めて結晶にしたのが、この珠じゃ。これを代金に充てよう。」
 ナメクジの旦那は、私に、爪の間に入ってしまう大きさの珠を渡した。目を反らすと、わからなくなってしまいそうに透き通り、見つめると、ぼうっと膨らんで輝く。
 私は、その銀の珠をハンカチに包むと、ナメクジの旦那に、『風マント』を渡した。

 ナメクジの旦那は朝一番、トウモロコシの葉っぱの上に立ち、風を待った。スイ、とやって来た風に乗り、狭い畑を旅立つ。青々とした草原を越え、長々伸びた川を追い越す。やがて、ざあっとキャベツ畑が広がり、うまそうな匂いがわき上がってきた。ちょいと畑に降り、ムシャムシャとキャベツの葉っぱをかじる。次々畑を見つけては味見し、ナメクジの旦那は、大きく太っていった。
 鳥が、空飛ぶナメクジを狙ってやってくる。旦那は、つむじ風に乗って、はるか先へ逃れてしまう。晴れた日には、森のなかを飛び、雨の日には、シャワーのなかで鼻歌を歌う。あちこちでナメクジの親戚と出会い、心強くなった。
「さあ、今日は、あの海こえて行ってやろう。」
 ナメクジの旦那が、海の真ん中まで来た時、ピタリと、風が止んだ。完全なる無風状態。
 ひゅーん、ぺたん。
 ナメクジの旦那が、濃い塩水の海へ落下した。
「全く、このマントは役に立つ。」
 『風マント』は、海の表面に広がっていた。その上でナメクジの旦那は、銀色のお月様を仰ぎ、ほっと、息をついた。
                           (おわり)



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