知価革命からホモ・デウスへ
およそ30年前に、故・堺屋太一氏が著した「知価革命」は、21世紀は工業的大量生産の時代から、価値観の大量生産の時代に移り行くことを看破した名著だった。
日本はその予言の書を得ていながら、残念なことにそこから価値を生み出すことができていない。かろうじて、ファースト・リテイリングや良品計画、ニトリのような企業が生まれているが、あくまでモノに価値観を与えるだけにとどまった。ソフトウェアの意味で価値観を大量生産するという観点では、アップル、ディズニー、ネットフリックス、Youtube(Google)、Amazon、Tiktok、Facebook(Meta)、AdobeなどのITプラットフォーマーがその価値を総取りしている。以下のように、この10年でこれら知価革命の申し子を集めたナスダックは、日経平均をはるかに上回るパフォーマンスを出した。
私たちは、Youtubeの上でコンテンツを大量に生産・消費するようになった。まさにアイデア・価値観の大量生産、大量消費の時代である。
ここで、知価革命の本質は個人の価値観が最も尊ばれることにあるが、その価値観を左右するものは何か?という観点には堺屋氏は触れていなかった。当時はまだ、個人の価値観が環境に容易に左右されるものであるという行動経済学の知見が浸透していなかったからである。
一方でこの答えを出したのがイスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏である。ホモ・デウスで、ハラリ氏は人間の意識はアルゴリズムの集合体に過ぎず、体重・血圧・エンドルフィン・アドレナリンなど様々なパラメータを測定・最適化することで本人にすらも気づかない幸福を機械が提供しうることを指摘している。つまり、人はかつて運命を神にゆだね、次いで近代には個人の価値観に委ねるようになった。しかし未来では個人の価値観はあてにならず、代わってデータとアルゴリズムに委ねる時代が来るとしている。
投資家としても、これは未来の話ではない。例えば中国のアント・フィナンシャルはアリペイでの支払いデータやSNS上でのつながりから、個人の信用度を測定し、社会的スコアを判定している。さらにそのスコアを上げるための方法まで提示している。
同じくアメリカでも、アファームのような決済企業は個人の消費の在り方をよりよくするアルゴリズムを提供している。アップルウォッチやグーグルのピクセルウォッチでは血圧から女性の月経までを測定し、健康管理を支援している。今後はそのデータから、ユーザーが望めば保険の個別化までを行うようになるだろう。
既にあなたのスマホは、あなたよりもあなたについて知っている。そして、健康や金融について、あなたのデータを分析し、ビジネスにしている企業は数多く存在する。
スカイネットのようなディストピアをイメージするかもしれないが、これで不幸になっている人はいないのだ。是か非かはともかく、世界的な企業はホモ・デウスの世界の構築に向かっており、投資家もその世界の実現に掛けている。