あの日から10年…
2014年2月13日。
この日を私は一生忘れることはない。
1月末から息子の体調が悪くなり…1つ目の病院にて『ノロウィルス』と診断される。この時点で症状は嘔吐下痢。4日経過も治らず2つ目の病院にて『便秘』との診断される。この時点で症状は腹痛。
数日治らず…また1つ目の病院へ。小児科医にまだ治らないのはおかしいから紹介状を持ち大きな病院へ向かうよう言われる。これが2月11日の建国記念日だった。
12日大きな病院へ。衰弱してるから入院して点滴しながら検査に…エコー検査。検査中バタバタと何人もの医師が部屋に入る…その夜、『お腹の中に腫瘍がある』との告知。
そして13日。救急車に乗り県立こども病院へ。
詳しい検査をし、『神経芽腫stage4』
目の前真っ暗。それからは生検、抗がん剤、自家末梢血移植、手術、放射線…1年半後の2015年6月退院。
色々あった…途中保育園に遊びに行ったり…長引く入院で退園した保育園のご好意で卒園式に出席出来たり…写真の一緒に映る男の子は中学入学後、同じサッカー部で再会する!
入院中に小学校も入学。嬉しくて嬉しくてランドセル背負いながら病棟歩いてたね。
6月末に退院して7月1日から近所の小学校へ。
最初は1時間だけ。少しずつ伸ばして5時間目まで受けられたのは年明けだね。
少し遅れて七五三の写真を撮り…
退院後初めてのディズニーも行けた。5年目のお祝いにお泊まりディズニーも行けた。
そして…
忘れては行けない『水戸ホーリーホック』との出会い。
夏祭りに病棟訪問。入院中何度となく助けられた…本当に感謝しかない。
そして聖火リレーとJリーグ30周年の番組取材。
めちゃくちゃ緊張した。本当は息子に走らせたかった…が、2020年、息子は小学校6年生。中学生以上じゃないと走れないので自分が代わりに。
必ずゴールはある。諦めないでと伝えたかった。
『全ての出来事には意味がある。我が家なら大丈夫!笑顔で乗り越えよう』
そう思いながら治療してた。大丈夫ってものすごい言葉の力があった。
そして今…息子は中学3年生。
2月28日に県立高校入試。
『再発する可能性は高いです。今のうちに普通の生活を楽しませてあげてください』
こう言われて退院してから…再発することも無くこの日を迎えられること。考えたら泣けてくる…
当たり前のように来る日常は当たり前では無い
今毎日、当たり前のように仕事へ行き、うちに帰って寝る。この一日の流れはいつ崩れてもおかしくない。
私はこの当たり前じゃない一日を大切に生きていこうと子供たちに伝えている。
この当たり前のように過ごせる一日はめちゃくちゃ幸せなんだよ。あの1年半を送ったからこそ今のこの生活が本当に幸せな事だと感じる。
Xのフォロー、フォロワーさんの中には今、まさに闘病している子達の保護者の方がいて…心の中でエールを毎日送ってる。
できることをすこしずつ。
能登半島地震に関しても、他のことに関しても…自分たち一人一人ができることは小さいことかもしれない。だけどその小さな力が集まれば大きくなる。
できないじゃなくて、やってみよう。
診断から10年。寛解からはもうすぐ9年。振り返ると本当に色々あった。まだまだこれから。
よし!頑張ろ!!