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中国への水産物、牛肉の輸出はどうなるか

1月15日、中国を訪問した自民党の森山幹事長らは李強首相と会談し、日本産水産物の早期の輸入再開など懸案の解決に向けた対応を求めた。

さらに追い打ちをかけるように、江藤農林水産大臣は1月16日~17日、中国を訪問し、日本産水産物等の輸入規制の撤廃牛肉の輸出再開、3.精米の輸出拡大について働きかけを行った。

今回は、中国への水産物輸出、牛肉の輸出についてこれまでの状況と今後の見通しを考えてみたい。

そもそもなぜ日本の食品を中国に輸出しようとしているのだろうか?

日本の人口は年々減少しており、今後は需要が低下していくことが見込まれる。国内での消費が低下する中、海外では日本食への関心が高まっているようで、かつ、世界人口自体は増加し続けている。
そのため、外貨を稼ぐ手法として食品の海外輸出は政府の政策として進められている。

そうした中で、安倍政権時(2020年)に輸出促進法が整備された。特に積極的に進めたのは当時の菅官房長官だったとか。
これは日本政府が主導して食品の輸出促進・拡大を進めていく方針を定めており、具体的な数値目標も決められている。

数値目標は訪日外国人(インバウンド)などでも定められているが、食品輸出については「輸出量」ではなく「輸出額」、要するにお金で決められている。具体的には、「2025年に2兆円」、「2030年までに5兆円」を目指すこととされている。
単価が高い(要するに高額の)食品の輸出を積極的に促進する方向性といえ、海外の富裕層向けのビジネスである。イメージとしては寿司や和牛を海外の富裕層に売って外貨を稼ぐのだ。

それでは今の状況はどうなのか。
下記は農林水産省がまとめている輸出額推移のグラフである。
グラフの単位は億円。つまり、2023年で約1.5兆円の輸出額を儲けていることになる。

農林水産省HP 農林水産物・食品の輸出に関する統計情報
2024年1-11月 農林水産物・食品の輸出額より抜粋

↑2020年以降は新型コロナウイルスの影響もほぼ受けず、基本的に右肩上がりなのが分かる。

2024年は2023年とほぼ同程度と予想されており、1.5兆円程度。
2025年の目標とする2兆円には5000億円足りない。

さて、寿司と和牛を輸出する際に何がハードルになるのか?

食品輸出をする際、食品衛生上のリスクが高い食品(食肉や水産物)について安全性を確保していることが求められる

この場合のリスクというのは食中毒(アニサキス、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌などの病原微生物、農薬や抗生物質など化学物質や放射性物質、金属異物など)を想定している。
こうしたリスクを低減するため、多くの企業ではHACCPシステムという食品管理システムを導入している。これは国際基準であり、米国、EU、中国などどの国でもHACCPによる食品管理が前提となっている。

HACCPシステムは食品製造の工程ごとに手順を定め、食中毒など危害が発生しやすい工程(加熱や温度管理、金属探知などが多い)については特に決められた手順通り行われているか継続的に施設で管理することが求められる。

こうした施設の取り組み(HACCPシステム)が適切に実施されているかを確認するため外部機関による監視が行われる。米国やEUは行政機関(政府や自治体もしくは認定機関)が施設の監視を行い安全性を確保することを求めている。
米国やEUに牛肉や水産物を輸出できる施設は、こうした厳しい審査を受けたうえで認定される。中国も水産物について日本の行政機関による認定を求めており、行政機関の認定を受けた施設でなければ輸出できない

さらに実際に輸出する水産物については行政機関が発行した衛生証明書が必要となる。衛生証明書は認定された施設で製造されたことと、商品の衛生状態に問題がないかといった確認を受けたうえで発行されることとなる。

このように食品の安全については
1.製造施設の認定
2.輸出品の衛生証明書

が行われることで担保される。

2023年8月、福島第1原発からの処理水放出とともに中国は日本産水産物の輸入を停止した。これは上述の2.輸出品の衛生証明書の受け入れが停止されることを意味する。ただ、1.製造施設の認定については変わりないと(一応)されている。
つまり中国輸出水産の認定施設は認定を取り消されることはなく、商品の輸出のみ止められているというのが現状である。

なお、中国向け水産物輸出は2023年に比べ2024年は545億円も輸出額が少なくなっている(↓)。ここが以前の水準に回復することは政府目標(2025年2兆円)の達成に不可欠ともいえる。

農林水産省HP 農林水産物・食品の輸出に関する統計情報
2024年1-11月 農林水産物・食品の輸出額より抜粋

日本政府や農林水産省の中国側への働きかけを見ると、もう少しで中国側が水産物を受け入れるのではないかと想定される。
今後、中国外相の訪日が想定されるが、そうしたタイミングに「プレゼント」として解除されるのではないか。

ただ再開したとして、これまでの経緯から輸出品への放射性物質の検査が求められる可能性が高い。放射性物質の検査には一定の時間がかかるので、生鮮品や冷蔵品のような足が速い(消費期限が短い)商品の輸出はしばらくできないように思う

また、中国側の都合で認定施設についてもこれまでと条件が異なってきているようだ
どういうことか。
例えば、この認定施設は「魚類」をといった形で輸入停止前は決められていた規則があった。これが最近は魚の中でも「ぶりとさんま」をといった形でより具体的に魚種を定めなければならなくなってきている。
さらに、例えば、これまでぶりは10番、さんまは11番と中国側で決めていた通関時に使用するコード番号をぶりは20番、さんまは21番といった形で変更しているため、以前のコード番号では輸出できない可能性が高い。
魚種やコード番号は衛生証明書にも記載しなければならない。そのため、輸出停止前と今の中国側の制度の溝を埋めたうえでないと円滑な輸出は困難となるだろう。

話は変わり、牛肉の輸出再開である。
再開とあるが、そもそも中国に牛肉を輸出していたことは私もよく知らなかった。どうも2000年ころまでは和牛を輸出していたらしい。
ただ、2001年にBSE(いわゆる狂牛病)の牛が日本国内で発生したことで輸入が停止していた。BSEは英国で汚染された肉骨粉を牛の餌に与えていたことが主な原因だが、この当時、中国はこうした肉骨粉を牛の肥育に使用していなかった。英国や米国を含む経済圏に属していなかったことが中国にとってのメリットとなったようだ。

BSE問題は一時期話題になったが、問題となった肉骨粉は使用が禁止され、BSE検査も徹底されたことから、2013年から日本はBSE清浄国として国際獣疫事務局から認定されている。すでに10年以上前の話だ。
BSEについては解決済みの話なので、それを理由として中国側が規制をかけ続けているのは科学的におかしい。速やかに撤廃すべき、というのが日本の主張だ。国際的にみても妥当で中国側も表立って反論してはいない。

和牛は中国人の間でも富裕層を中心に人気が高いようだ。
今も香港やマカオといった中国の一部地域、台湾やシンガポールに牛肉は輸出されている。

農林水産省HPから2023年の牛肉の輸出国ランキングだが、台湾、香港、シンガポールはシェアが多い。中国本土(上海や北京)の富裕層からの需要もかなりあると思われる。

牛肉の国・地域別内訳2023年(農林水産省HPより)

牛肉のような畜産物を輸出する際には2か国間で輸出条件を定める必要がある。BSEや口蹄疫といった家畜伝染病にり患していないことの証明といった動物衛生に関する事項と、食品衛生(HACCPシステムなど)に関する事項の両方を満たす必要があり、それなりに協議には時間がかかることが想定される。

なお、農林水産省は中国本土への牛肉の輸出が可能となった場合の試算は約400~500億円を見積もっているようだ。

和牛についてはどうも国内市場がだぶついていて、需要がかなり低い状況にある。富裕層やインバウンドへの提供などで消費している状況だが、冷凍品の在庫は積みあがっているよう。牛の餌(飼料)の価格が昨今は高騰しており肉の価格が値下がりすると廃業する農家も今後は相当数出てくる。輸出で在庫品を定期的に捌けさせていくことで、値段を一定水準に保ち農家の経営を安定させることが重要だろう。

中国は一時期に比べて経済的に落ちてきているとはいえ、巨大なマーケットであることに変わりはない。水産物の輸出についてはおそらくもうじき解禁されるだろう。また、牛肉についてもすでに香港やマカオ経由で中国人の食卓には提供されている。巨大マーケットとしてはインドや東南アジアもあるが、ヒンドゥー教やイスラム教の制約がかかるうえ富裕層が中国に比べ少ない。

今後、米国でトランプ政権による輸入規制(関税制裁)が科されることが想定される中、中国マーケットへの魅力は大きい。今後の交渉の推移には注目していく必要がある。


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