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【連載小説】夜は暗い ⑳


何とか午前中に小田原に着く事が出来た。
駅前の老舗っぽい蕎麦屋で、鴨せいろを食べた。
食い終わると、マックに入り、フライドポテトのLサイズを3つと、トールサイズのコーラをテイクアウトした。
ケチャップをどうしようかと思ったが、一応3つ貰っておいた。

タクシー乗り場からタクシーに乗り、小田原南署を目指した。
歩けば30分ぐらいで着くのだが、今日もあまりに暑いので、タクシーに乗った。しかし、車内がポテト臭くなるので悪いと思い、エアコンが効いてる中で、敢えて薄く窓を開けた。

タクシーだと、5分で署の正面玄関に着いた。
私は料金を払い、レシートをもらってから外に出た。出る前にちゃんと窓は閉めておいた。

受付で「奥平」の名前を出すと、間もなく奥平が階段から降りてきた。

彼は「遠いところ、わざわざすいません」そんな事を言う気は全くないような語調で言った。
悪いとは思ってないのが見え見えだ。

「いえ、どうせ昼間は暇ですから…夕方には失礼しますけども…」
「それで間に合いますかな?じゃあ急がないといけませんな。あっそうそう、手に持ってる紙袋は何ですか?取調室には私物は持ち込めませんので…」
「これは、ケータ君への差し入れです。フライドポテトとコーラ。毒なんて入ってませんよ」
「これは助かったかもしれません。何しろ、彼はここに来てから何も食べてくれないんで…一応調べさせてもらって、後で部下に部屋に届けさせます」
「分かりました。問題がなければ、出来るだけ熱いうちに持って来てください」
「そう伝えます。」そう言って、奥平は後ろにいた部下と思しき若い男性に紙袋を渡した。男はそれを持って走っていった。 

走る?
誠意は伝わった。

私は奥平と伴って、2階にある「会議室」に入った。奥平はドアを開けただけですぐに出た。
私が二人きりにしてくれるよう頼んだからだ。

窓を背にして、ケータ君は座っていた。
目は斜め上をぼーっと見ていて、私が入っても何の動きもなかった。

「ケータ君」
私が呼ぶと、ケータ君は初めて私に目の焦点を合わせ、笑顔になった。
「黒さん、やっと来てくれたね」
「ああ、悪かったねえ。僕も色々と忙しくて、来るのが遅くなってしまった。ところでフライドポテトは食べるかい?コーラもあるよ」
「どこの?」
「マックだよ。いけなかったかい?」
「いや、それでいいのさ。僕はマックのポテトが世界一の好物だから… コーラはダイエット?」
「いや、普通の」
「最高だね!まだ来ないの?」
「ああ、もうすぐだと思うよ。この部屋には持ち込みが禁止されてるらしくって、今チェックを受けてる最中だ」
「ええ?それって、警官が僕のポテトやコーラを味見してるって事?」
「まさか、アフターコロナの時代だぜ。よもやそんな事はしないだろう」
「本当に?」
「恐らく」
「失礼します」

ドアが開き、先程の若い刑事が紙袋を持って入ってきた。

「お預かりの品をお持ちしました。確認しましたが、問題ありませんでした」

彼は私に紙袋を差し出してきたので、私はそれを受け取った。
その際、彼の人差し指が油で光ってるのが見えた。見えなかった事にした。


アフターコロナだぜ…


振り向いて、ケータ君に紙袋を渡した。
彼にはバレないように腐心した。
彼は嬉しそうな顔をして受け取った。


彼は最初の一箱目をあっという間に食べきった。
そして、初めてコーラを啜った。

「君はケチャップを使わない派かい?」
「いや、これは塩がついてるだろう。僕は塩がついてるヤツにはケチャップをつけないんだ。美香子さんに塩分を取り過ぎるって言われるから」
「美香子さんって、君ん家のお手伝いさん?」
「そう、漆原美香子さん」
「でも、今はその美香子さんはいないぜ」
「でも、黒さんは告げ口したりしない?」
「ああ、約束するよ」
「じゃあ?」
「つけ放題だ」
それを聞いて、ケータ君はケチャップの蓋を開けた。


彼は無心で二箱目を食べてた。コーラを飲むペースが速すぎる。
私も喉が渇いたので、ドアを開けて、外にいる警官に缶コーラとブラックの缶コーヒーを買ってきてもらえるように頼んだ。

彼は三箱目に手を付けた。
ケチャップも三つ目を開けた。

コーラとコーヒーが届いた。
コーラを彼に渡すと、彼はプルトップを開け、飲んでいた紙コップに中身を全部入れて、ストローで飲み始めた。
私も缶コーヒーを開け、一口飲んだ。

もういいだろう…

「食べながら、話せるかい?」
「いいけど、何を話すの?」
「何があったかを話すんだよ」
「何があったかって、難しいな」
「簡単だよ。時間を追って話せば良いだけだ。僕が質問するから、君は答えてくれればいい」
「分かった。でも、それって食べ終わってからにしてくれないかな。お腹空いてたんだ」
「ああ、いいよ。まだ足りないかい?」
「そうだね。まだ食べられる」
「フライドポテト?」
「いや、ドーナッツがいいな。オールドファッションドのヤツ」
「ミスド?」
「じゃなくてもいいよ。コンビニのヤツで… ああ、だったら、オールドファッションドを三つとピザまんを三つ、買ってきて欲しい。後、コーラももう一本」
「分かった」

私はまた外の警官に彼の要望を伝えた。
きっと、この部屋の中の話は全部聴いてるのだろうが、形式的に私は出て話した。
彼にはコンビニのホットコーヒーもLサイズを二つ買ってきてもらう事にした。これは当然私の分だ。Lを二つならチビチビ飲めば、きっと夕方まで持つだろう。

ケータ君は最後の箱をむしゃむしゃと食べた。
私は黙って、缶コーヒーを飲んで、彼を待った。
タバコが吸いたかったが、我慢した。

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