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【創作大賞2024応募作オールカテゴリ部門】見えない月に願いを放つ

【あらすじ】
僕は一人ぼっちだった。ビローと出会うまでは。
ビローはこげ茶色のうさぎだ。
ビローが僕の元に来てから、僕は何をするのもどこに行く時もいつもビローと一緒だった。
ある日、ビローの姿が見えなくなった。
僕はビローを探した。


【本編】

ビローがいなくなった。僕は絶望した。

生まれた時から、僕はずっと一人だった。
母さんは、お姉ちゃんが大好きで、僕が大嫌いだった。
父さんは、家の事を何も気にしなかった。

僕は、家の中で、透明人間のようだった。

授業参観の時、僕には誰も来なかった。
給食。食べるのが遅いと、僕だけ5時間目まで食べさせられた。
どうしても食べられないニンジン。先生は、口に無理やりねじ込んだ。
跳び箱が4段目から跳べず、走り高跳びは、80㎝を越えると、どうしてもバーを越えられなかった。
勉強は嫌いだった。先生の話が全然、頭に入ってこない。
黒板を滑るチョークの音は、僕にはただ耳障りなだけ。

本を読むのが好きだった。本ならなんでも読んだ。
本の中のパラダイスに浸っていると、時間を忘れた。

何とか生きた。大きくはなった。
大人に一歩近づくまでになった。

家にいたくなかった。居場所がなかったんだ。
どうしていいか、分からなくなった。
そしたら、家を飛び出してた。

誰も僕を探さなかった。

働いた。
生きていくためには、お金が必要だと知ったからだ。

要領が悪いと、叱られた。
注意力散漫だと指摘された。

でも、何とか生きた。

僕の部屋の前に、ビローがいた。
そこにいるのが当たり前かのように。
毛並みがよく、ビロードの手触りのこげ茶色のうさぎ。
ビロードの手触りだからビロー。見た瞬間、すぐにビローだと思った。

一人暮らししているみすぼらしい部屋はペット禁止だが、僕はビローを招き入れた。
ずっと、一人で生きてきた。
でも、今日からはビローと一緒だ。そう思った。

僕は何でもビローとシェアした。食べる物も、寝るところも、そして、時間も。
働く場所にもビローを連れて行った。

ペットを飼わないようにしないと、部屋を追い出されるとの警告文が入った。
仕事場でも、注意された。

僕は、仕事を辞め、部屋を出た。

それからは、毎日、ビローと一緒に、
寒くない場所、暑くない場所、暖かい場所、涼しい場所、日差しが眩しくない場所、明るい場所、静かな場所、危なくない場所、落ち着ける場所、便利な場所、座っていてもお尻が痛くならない場所、床が冷たくて気持ちがいい場所、風が吹かない場所、そよ風が気持ちいい場所、水がある場所、食べ物が手に入る場所を探して、歩いた。

歩き続けた。ビローと一緒に。

夕べは、公園の大きな木の下で、ビローと一緒に寝た。
寒いので、段ボールの中で、ブルーシートにくるまって。
ビローと一緒なら、それで十分寒さは凌げる。

寒くて、目が覚めた。

ビローがいなくなっていた。

まだ暗い。何時かは分からない。

でも、ビローがいない。

僕は暗い公園の芝生に向かって、ビローの名を呼んだ。
ビローは出てこなかった。

何が起きたのか、分からなかった。
頭が混乱し、吐きそうになった。もう2日も何も食べていないのに。
僕は公園の中を、ビローを探して回った。

ビローは公園にはいなかった。

僕は僅かばかりの僕の持ち物を全部、そこに残したまま、ビローを探して歩き始めた。
心当たりはない。だから、不安だけが心を占める。

ビロー、ビロー。
名前を呼んで、暗い道を歩いた。
公園を取り巻く通りは全部、隈なく見た。ビローはいない。

やがて夜が明けてきた。

僕は、公園を離れる事にした。ビローを探して歩くと決めた。
宛てもなく、僕はただ太陽が照らす場所を目指して歩き始めた。
一日中、ビローを探して、街を彷徨い、歩き続けた。
小さな通り、側溝、行き止まりの道、大きな通り、ビルとビルの隙間を、ビローの名前を呼びながら、一つ、一つ、丁寧に見て回った。それでも、ビローは見つからなかった。

何も食べず、水も飲まず、トイレにも行かず、ずっと、僕は歩き続けた。

ビローの名前を呼びながら。

暗くなって、夜が来た事を知った。
僕は、駅前の花壇にある石段に腰かけていた。疲れた。足が棒のようだ。
僕は、静かに座り、次の気力が湧いてくるのを待っていた。
でも、中々立ち上がれない。

僕の前に白い猫が座った。僕を見ているのに気がついた。
真っ白な猫。
猫は突然、僕の膝に飛び乗ってきた。
僕は驚いたが、次の瞬間、猫を抱き締めようとした。
すると、猫は僕の腕をすり抜けて、コンクリートの地面に降り立った。
猫は僕の方を振り向くと、すぐに顔を正面に向けて、ゆっくり歩き始めた。
まるで、僕に後についてくるようにと、言ってるように。

僕はゆっくり歩く白い猫の後をついていった。
猫は、駅前の古ぼけたビルに入っていった。僕もついていく。
猫は、奥にある階段を上がっていく。僕も階段を上った。足が攣りそうになりながら。

屋上に着いた。
猫はその上の給水塔へ飛んでいった。
さすがに僕には登れないな…
そう思っていたら、給水塔の陰から、黒いエナメルのようなドレスを着た女の人が現れた。

「ビローを探しているのね?」と彼女が言った。
何故?ビローの名前を知ってるんだ?僕は訝った。
「そうです。」
「ビローは、宇宙に召喚されたわ。今はもう、宇宙に戻ったの。幸せよ。」
「宇宙?何で?」
「ビローが役割を終えたからよ。」
「役割?何の?」
「あなたが一人ではない、という事を知らせるという役割。」
「そうじゃない。僕はビローとだけ、一緒なんだ。他には誰もいない。」
「今まではね。でも、これからは違うわ。あなたは大丈夫。」
「大丈夫って、君に何でそんな事が分かるんだ?大体、君は誰だ?」
「私は宇宙の連絡人よ。メッセージを伝えに来たの。あなたは大丈夫。」
「ダイジョウブ…」
「そう、大丈夫だから。祈りなさい。」
「祈る?何に?何を?」
「月によ。」
「月?」僕は空を見渡した。どこにも月は出ていなかった。
「月なんて、どこにもない。」
「あるわよ。今日は新月。新しい月と書くわ。月が見えないんじゃないの。今日は月が生まれ変わる日よ。新しくなるの。その新しい月に祈るのよ。」
「どうやって?」
「おまじないを唱えるの。」
「おまじない?」
「ペコ・イサ・マンダ・ラヤ。」
「ペコイサマンダラヤ?」
「そう。それであなたは浄化される。そして、救われるのよ。」
「見えない月に向かって?」
「そう。見えない月に向かって。」

ペコ・イサ・マンダ・ラヤ

僕は唱えた。

「それでいいわ。あなたは大丈夫よ。新しくなったわ。」
新しく?何か、変わったのか?
「New moon. new you.」
そう言って、宇宙の連絡人は給水塔の陰に消えた。
その陰からさっきの白い猫が出てきた。
下に降りてきて、僕の足に纏わりつく。

これからは、そのベルべが一緒よ。新しくなったあなたのね。

そう聞こえた。

僕は、ベルべと一緒にビルの階段を降りていった。
何だか、胸が軽くなった気分がした。

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