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【短編|恋愛小説】Driving Home for Christmas (3/4)


今日は12月22日。クリスマス前の最後の日曜日だ。
朝からたくさんのお客様で賑わい、買い取りカウンターも販売カウンターも行列が途絶えることがなかった。
午後になると、ますますお客さんは増え、僕らはいつもの土日のシフトで、5人で対応したが、とても手が回らず、交代で10分で昼飯を食べて凌いだ。
18時になった。
買取カウンターは、査定時間を「一時間以上」と、アナウンスしなければならないほどに混んでいた。

そこへ…

行列の中に、エミリンがいるのを見つけた。

早い…

彼女はいつもの大きなトートバッグではなく、いつもよりは多少小さめな袋を持っていた。

あれぐらいなら、まあ大丈夫か…

エミリンの番になった。

「ボーちゃん、今日、すごいなあ… 」

ボーちゃん? ボーちゃんとは、流石に呼ばれた事がない…
何、この気安さ…

エミリンは袋の中身をカウンターの上に出した。
全部、ブランドもののアクセサリー、貴金属だった。
ティファニー、ブルガリ、スワロフスキーもあった。全部、箱に入った新古品だった。
僕は点数を数えた。30点もあった。こりゃ大変だあ…
商品の査定は、僕にはできないので、奥にいる高橋店長に預かった商品を回した。
僕は、預かった商品のリストを作り、預かり書を書きながら言った。

「ええ、クリスマス前ですからね。買取だけではなくって、どうしても販売の方もお客さんが多くって… 」
「そうやなあ… 」
「お急ぎのところ、すいませんですが、今日は混んでますので、査定まで1時間以上かかりますが、宜しいでしょうか?」
「えっ、今日はええよ。これから埼玉やから。ほんで、ボーちゃん、訊きたいねんけどな?後で、ちょっと話していい?」
「ああ、買い取りが済んだ後ぐらいなら、もう手が空いてると思います」
「じゃあ、放送がかかったら、またカウンターへ来るわ。ほなな」
彼女は、カウンターを離れた。
「訊きたい事」がある? 何だろう?
気になったが、買い取りカウンターの行列はまだ終わらない。
去っていく小さい彼女の背中は、人と人の間をすり抜けて、すぐに見えなくなった。


今日は査定に時間がかかった。
7時40分に、僕は初めて「エミリンさん」とアナウンスで呼んだ。
エミリンさんはすぐにカウンターに来た。
高橋店長が、エミリンさんに応対した。僕は、横で他の客の対応をした。
「桃谷様、時間がかかって申し訳ありません。何しろ当店は貴金属は専門ではないので… 」

エミリンちゃんは、桃谷さんだった…
意外に似合う、その名前…

「いいよ、かめへん」
「で、申しあげにくいんですが、当店での買取金額は、合計で531万円です。ここで、予めお伝えしておくと、東京とかの貴金属専門の買取店なら、もっと高く買い取る可能性があります」
「ええよ、面倒臭いから、ここで売るわ」
「でしたら、もう一つ問題があります。531万円ですが、生憎今、ウチの店に、それだけの現金がありません。明日なら、現金をご用意できるのですが、それで如何でしょうか?」
「明日?明日は無理や。明後日なら、ここ寄れるけど、どうなん?」
「明後日?明後日はクリスマスイブですから… 店は混みますが… それさえ良ければ、こちらは大丈夫です」
「ほな、店長さん、返事、ちょっと待って… ボーちゃんに訊くから…」

ええ、やっぱ、俺? 俺、エミリンさんに何かしたか? 覚えねえよ…

「ボーちゃん?うちのボー作ですか?」
「そう、ちょっと、ボーちゃん、借りてええ?」
「ああ、まあ、どうぞ。ボー作、ずっと休憩なしだったから、ちょっと行ってこいよ。但し、8時には戻ってきてくれ。じゃあ、飯塚君、君、小澤君と交代して… 」
「分かりました」と言いながら、販売を担当していた飯塚さんが、買い取りカウンターへ来た。
僕は、カウンターの外へ出た。

「後、20分しかないから、あっこのハンバーガー屋で、アイスコーヒー飲もう?」
「僕、コーラでもいいですか?」
「そんなん何でもええわ。ウチは運転中の眠気覚まして、コーヒーをいっぱい飲むだけやから」

僕らはハンバーガー屋に入った。
エミリンさんが、席を取りに行き、僕が飲物を買って、席まで運んだ。

僕は、エミリンさんの前に座ると、初めてエミリンさんの顔を正面から見る事になった。
背ちっちゃいから、そればっか気になってて、あんまり顔をマジマジと見た事なかった。ムッチャ美人じゃん。アリアナ・グランデみたい…

「ほらあ… 分かったやろう?」
「ええ?」
「うちに惚れる男はみんな、いつもそうやねん。うちな、ちっちゃいし、しゃべりやし、ちょこまか動くやろう?そんで、大体の男が、うちの顔をあんまり見てへんねん。でも、こうやって、二人で座ったりすると、いきなり気づくんやなあ、これが… 」
「はあ… 」
「それで、うちに惚れた?」
「いや、まあ、その、ドキッとはしました。「ムッチャキレイな人だな」とは、正直思いました」
「あら、それだけ?ああ、時間なくなるわ。ちょっと、まず飲もう。勿体ないから… 」

そう言って、エミリンさんはアイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れて、ストローでかき混ぜた。僕は、コーラを一気にゴクゴクと飲んだ。やっぱり、あの店では喉が渇く。

「ああ、後10分しかないわ。ほな、話すな。うち、ボーちゃんの事、好きやねん」

バッシャアアアア

コーラを吹き出した…

エミリンさんはカウンターへ行き、ペーパーナプキンをいっぱい持ってきた。

まあな、吹き出すとこだよね…

「すいません、すいません… 」

 床に吹いた僕のコーラをエミリンさんは手際よく拭きとってくれた。

「かまへん、かまへん。うち、こんなん、慣れてるから… 」
「こんなん、慣れてるって、どんなんですか?」
「あっ?ああ、うち、トラック乗るまで、祇園でキャバ嬢やってん。キャバクラってな、お客さんが無理して、シャンパンとか吹いてしもうたり、色々やったから、うち、こんなん拭くの上手いねん。で、そんなん、どーでもええわ。さっきの話の続きや… うちな、キャバ嬢やった時、ナンバー1で、お客さんにムッチャモテてんけどな。うち、面食いで、おまけにヘンコでな」
「ヘンコって?」
「変なヤツ、変わったヤツっていう意味!話の腰、折らんといて… 好きな男のタイプが難しかってん。だから、店でなんぼモテても、だーれも好きやなかったんやけどな、おってーん!山形に… うちの王子様が… 」
「王子様?僕が?何で?」
「うち、自分がちっちゃいから、男の人は背が高い人が好きで、でもな、マッチョは嫌やねん。細マッチョも嫌いで… ほんで、何かひょろーっとした感じの細い人がええねん。ほんで、ここからが大事やねんけどな… うち、一見、神経質そうやけど、基本、ボーっとしてるような感じの人が好きで、普段、何してるんか、何を考えてるんか分からんのが好みやねん。ほら、ボーちゃん、ぴったりやあ」
「いや、それでも、それって、見た目だけでしょう?見た目で人を判断するのはどうかなあ?」
「アホやなあ。だから賢い人はアカンねん。人を好きになるんって、いつも外見からやろう。いきなり中身から惚れるんなんか、ないやろう?違う?好きになるのは、いつも見た目から。これは絶対や!」
「ああ、それは、そうかもですねえ… でも… 」
「かもって、「絶対や」って言うてるやろう?ええやん、とにかく、ボーちゃんは、うちの推しなの。それでエエやん。それでな、今日の買取金額を取りにまた24日に、ここへ来なあかんようになったやん。その時、ボーちゃん、お店におる?」
「いや、僕24日から年明けの4日まで休みをもらったんで… 」
「休み?休んでどうするん?」
「実家に帰ります。3年前に親父が25日に急死して、3回忌なので… 」
「24日の何時にこっちを出るん?」
「それはまだ、決めてなくて… お金節約しようと思ってるので、僕の車で、えっちら、おっちらと帰ろうかと… 」
「ああ、あの白い軽?いっぺん、駐車場出て行く時に見たわ。ここの隣りに大きなガソリンスタンドあるやろう?うちら、すぐに帰らへんときはあそこにトラック止めて、車中泊したりするからね。駐車場、よう見えんねん」
「ああ、そうなんですか… 」
「実家って、どこなん?」
「東京です。多摩市ですけど」
「遠いな。あの軽、高速走らんやろう… 無理ちゃう?」
「まあ、走った事ないですけど… 何で、僕が24日にいないといけないんですか?」
「そりゃ、クリスマスプレゼントをあげたいからやんか。アカン?」
「困りますよ、そんな… 」
「困らんでええよ。明日は丁度、埼玉で荷下ろしで、そのまま山形へ戻ってくる予定やから、明後日の午後イチぐらいなら、ここに来れると思うねん。だから、お願い。それまでここにおって」
「まあ、はあ、分かりました」
「キャー、ありがとう!それでこそ、うちのボーちゃんやわあ… 」

店から電話が来た。
時計を見ると、8時10分だった。
僕らは慌ててハンバーガー屋を出た。
僕は店に戻った。
エミリンさんは、自分のトラックへ戻っていった。

これから埼玉かあ…
遠いね。そんで、雪だね…


すいません…もう一章、続きます。次で最後です。

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